なるか私はよく知らないのであります。
ガラス絵の話
一
油絵はトワアルへあるいは板へ、水彩は紙へ描くものであります、ところでガラス絵はガラスへ描くものであります。しかしながら、ガラスの上へただ描くだけならば、板の上や紙の上へ描くのと別段変りのある訳ではありませんが、ガラス絵の特色は、ガラスの上へ描くのではあるがその絵の効果、即ち答は、ガラスの裏面へ現われて行くのであります。即ち裏から描いて表へ現わすという技法であります。それは丁度|吃又《どもまた》の芝居の如きものでしょう。あの又平《またへい》が、一生懸命になって手水鉢《ちょうずばち》へ裃《かみしも》をつけた自画像を描きます。あの手水鉢はガラスではありませんが、又平の誠が通じて石の裏から表へ、自画像が抜け出すのであります。
ガラス絵は、あの調子で行くものであって、即ち手水鉢の代りに、ガラスを使用するものだと思えばよいのです、そんな、ヤヤコシイ技術即ち工芸的な手法であるがために、画家でこれを試みるものがなかったのであります。早くいえば職人の仕事であります、従って製作品には工芸品として作られたものが多いのです、支那《シナ》のものでも、例えば厨子《ずし》の扉へあるいは飾箱の蓋《ふた》へ嵌込《はめこ》まれたりあるいは鏡の裏へあるいは胸飾りとして、あるいは各種の器具へ嵌込まれたものが多いのであります、その絵としての価値も、丁度|大津絵《おおつえ》とか泥絵《どろえ》とかいうものの如く、即ちゲテモノ[#「ゲテモノ」に傍点]としての面白味であって、偶然、非常に面白いものがあり、また非常に下等なものがあるのです、従ってガラス絵はすべて面白いとはいえません。
その作品をいい画家や、工芸家がやらなかったためか、随分世界的に行渡った技術であるにかかわらず、あまり重要に考えられず、有名な作者もわからず、次第に衰退してしまったようであります、それですから、どの国でいつ頃《ごろ》始まって、どう流れたものか、どう世界へ拡《ひろ》がったか、誰《だ》れが発明したものか一切不明であります、勿論《もちろん》私は歴史的な事を調べる事がうるさい性質ですからなお更《さ》らわかりません。その沿革起源等についての詳細を私も知りたいのですがこれは適当な人の研究があれば結構だと思います、あるいは近頃よほどガラス絵を鑑賞する事も一般に行われて来たようでありますから、も早やかなり調べている人もあるかも知れません。
ともかく、私がガラス絵に興味を持ち出したのは随分古く、もう十四、五年も以前の事であります、偶然大阪の平野《ひらの》町の夜店の古道具屋で、初めてガラス絵というものを買って見たのでした、それまでは散髪屋とか風呂《ふろ》屋ではよく見かけたものですが、別段欲しいとは思わなかったが、変な興味はもっていたのでした、どうも普通の絵とは違った下品ではあるが何か吸込まれるような色調が妙に私の気にかかってならないのでした、それは高等な音楽、何々シンフォニーではなく、夜店の闇《やみ》に響く艶歌師《えんかし》のヴァイオリンといった種類のもので、下等ではあるが、妙に心に沁《し》み込む処のものでした。
勿論安い事は驚くべきものでした、家へ持って帰って眺《なが》めて見るになかなか味があるのです、その絵は人形を抱いた娘の肖像で、錦絵《にしきえ》としてはかなり末期の画風のものでありましたが、非常に簡単な手法が一種の強さを持っているのでした。これが病みつきで私はどうもガラス絵が気にかかり出しました、そのうち色々の風景画や、人物画なども集めて見たりしましたが、何んといっても職人の仕事でありますから、本当に鑑賞の出来るという出来|栄《ば》えのものは頗《すこぶ》る尠《すくな》いのであります、その中《うち》日本出来のものよりも支那出来の古いものに頗るいいのがある事も知り、西洋からの渡来品というのも見たりするうちに日本出来である処の散髪屋向きのもののつまらなさがわかるようになって来ました。
二 ガラス絵の種類
日本へ入ったガラス絵の法は、阿蘭陀《オランダ》からか支那からかあるいは両方から入ったものか、私には今よくわかりませんが、何しろ輸入されてから、例えば当時の銅版や、油絵の如く、江漢《こうかん》とか、源内《げんない》とか、いううまい人たちがこの法を生かしてくれていたら日本のガラス絵もも少し何んとかなって、美しいものが残されていたにちがいありません。
全くいい技術家がこれを試みなかった事は惜しい事でした、しかしながら、日本でも職人の仕事としては非常な勢で作られたらしいのです、それは今の名勝《めいしょう》絵葉書の如く、シネマ俳優の肖像の如く盛《さかん》に作られ、そして、それは逆に外国に輸出されたり、あるいは散髪屋風呂屋の懸
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