うものなら、私はもうその部屋では眠ることは出来ないという厄介なことになってしまうのだ。それで私は或る時近所の小僧と特約して一匹十銭で殺してもらうことにした、鼠よりよほど値がよいので喜んでとりに来てくれたが、あまり蜘蛛が出ない日が続くと、小僧は儲《もう》けがないのでよそから大きな奴の密輸入を企てようとしたので、これは危険だからやめにした。
私がさように嫌う蜘蛛でさえ手にまるめ込んで愛撫するかの如く爪《つま》くる人もあるからおかしい、もし蜘蛛の男女が恋をしたとしたらやはり野の花よとか、美しい背の君よとか考えることだろうと思って私は面白い自然のからくりに感心しているのである。
紹介
私には絵描きという言葉が妙に恐ろしくいやに響くのだ。それは一つには私が大阪という土地にのみ住んでいて、大阪人にのみ取り囲まれていたために、とくにこんなことを強く感じさせられるようになったのかも知れない。
私は、私の友人の家庭や、友人とともにレストランやカフェーあるいは道路の上で、その友人のまた友人というのに紹介されることがしばしばある。そんな場合、私の友人の友人がわれわれ同様といった格の人ででもあるとか、あるいは謙譲にして聡明な紳士であるとか、あるいは学生であるとか、絵の好きなお嬢さんであるとか、あるいは文士であるとかいったふうのものであれば、それはまことに何でもない。かえって非常に愉快なのではあるのだが、もしもその友人の友人というのが多少の金持ちであって、絵の一枚や二枚はいつでも買えば買える身分の人ででもあった場合には、私は随分嫌な思いをしばしばさせられることがあるのだ。
その友人の友人という金持ちらしい紳士はマントのカワウソの襟から脂切った顔を出しているといったふうの人が多いのだ。そして私の友人はこの人は絵を描かれる人でとか、絵描きさんでとかいって紹介するのだ。私は慄《ぞっ》と悪寒を感じるのだ、私に忍術の心得があったら、こんな場合、ドロンといって消滅してしまうところなのだが、松之助でないから駄目だ。
かくしておめおめと紹介されてしまうや否や、相手の脂肪でむくんだその顔面には、何ともいえない奇妙な表情が漲るのだ。例えば、これは弱ったといったふうな、見下げたような、自己を護ろうとするような、要するにきわめて不潔にして下等な表情なのだ。そして極力自分は芸術に対しては無関係であ
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