た。私は直ちにその日の終列車に乗り込んだ。この汽車がH駅を通ると間もなく、私が以前R子と最後に憩うたところの森を通るのである。私はいつもここを過ぎる時、念仏を唱えて目をつぶっているのであった。
 病院の一室だ。私はM老人の枕もとへ坐した時、老人はゲラゲラと笑い出したので、危篤というてもかなり元気だなと思うと今度は急に泣き出した。するとまた老人は紙幣を一〇〇枚持って来いと命じた。彼が常にする日課であったように、毎日の売上げの紙幣にこてをあてるというの[#「の」は底本では「ふう」]であった。妻君は半紙と冷たいこてを渡すと、こてが冷たいから皺が延びないといってまた怒り出した。こてを振りまわされては危険だから、皆がよってもぎ取ってしまった。親類のFさんが低い声で説明するのだ。「この中風にはよい注射があるのやそうですけれども、こう衰弱してはりましてはそれもあかんそうです。何しろその注射をしますと四〇度位の熱で、その熱で中風の黴菌を焼き殺そうというのやそうですさかい。」[#底本では続く改行はなし]
 老人はまたゲラゲラと笑い出した。
[#地から1字上げ](「週間朝日」昭和六年一月)

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