込み上ってくる。
 といって今、往来で拾ったばかりの石を貴金属屋へ持参して、その周囲をかくの如き様式の芸術で包んでくれと頼んで見た所で、職人は、あほらしい、そんなもったいない[#「もったいない」に傍点]ことはやめなさい、第一この石はただの石やおまへんか、というにきまっている。すると美しき空想も芸術も何もかもそれで終局となる。
 南仏の沿岸は赭色《しゃしょく》の石で充《み》ちている。それはモネーの地中海と題する有名な絵を見てもわかる。その小石を指輪にして美しい加工をその周囲に施したのを、パリである友人の指に私は発見したことがあった。赭色と、フランス金の黄色と、その唐草《からくさ》模様はよき調子を持っていた。そのことを私は思い出してTさんに話した所、それはさぞいいでしょうといった。丁度Tさんの友人で甚だローマンチックな画家が渡欧するので、君、何も土産《みやげ》はいらない。ただ地中海の赤い石だけを忘れぬように送ってくれといったものだ。
 忠実なる画家は、その後忘れずに南仏へ旅した時、村の人々にも訊《たず》ねて見たが、指輪にするようなそんな赤い宝石は、昔からこの地方に産しない、誰も皆知らぬとい
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