はちょっと見たところは、さも西洋出来のもののように見せかけてあった。
近頃は玩具に限らず、何によらず舶来品の如く見せかけてあるというものが、めっきりと多くなったようだ。ついこの間までドイツ製で見かけたと思うそれと殆ど同じ形のものが、日本製となって現れていることがしばしばあるのだ。じっと見るとどこか間が抜けていて、すっきりとはしていないのである。買って帰るとぜんまいがきかなかったり、車がとれたり、走らなかったり、種々様々の故障が現れてくるのである。
私たちは何も好んで舶来品を欲しいとは思わないのであるけれども、舶来品には、この自動車に現われた如き情けない悲劇は起こらないからうれしいのである。どんなに安ものの玩具一つでさえも、そこに非常な親切と科学的な考えとが結びついているのである。
それとも一つ西洋出来の玩具のいいところは非常に写実的であることである。子供の頭は自分の好きであるところのものに関しては、大人などよりも随分写実的である。例えば東海道線を走る大型の機関車の形はどうであるとか、その機械の部分についても驚くべき知識をもっている。その他電車の形、その車輌の状態、あるいは飛行機に
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