d灯が暗くて、おなかがへって淋しくて。話し相手も、林でも居ると、ずい分面白いが。
 まアストーブにまきをくすべて、その火でも見ているだけの事なんだ。
 この時間に、写真でも写した日には現像したりして時をまぎらせる。この時間には又、ストーブの火を眺め乍らうちの事をよく考える。まア洋行も監獄へ入ったような気もするよ。早く苦役を了えて、出獄し度いよ。花時分に日本へ帰ったら、出獄の日のK氏の肖像でもかくかね。
 昼のうちは、この頃中々忙がしいよ。日がカンカン照ってさえ居ればぬくいからね。景色はいいし、中々絵がかける。
 此の間 Antibes(アンチーブ)と云う処へ遊びに出かけた。伊太利風の町で、小さな港がある。ここに毎晩俺の室から見える灯台があるんだよ。

 一月十五日――モンテカルロの絵葉書で――
 きれいな国だろう。世界中で一番小さい独立国だ、大きさは摂津の国程のものだろう。軍艦がたった一隻あるんだと云う話しだ。おとぎ話しのある国の如く、きれいである。
 僕の今居る処から汽車で一時間だ、帰りは海岸をのろい電車で、ゴトリゴトリと三時間かかって帰って来たよ。
 ソレは美しいきれいな小さな港があった。
 然しここの電車は、人の歩いているのと同じ位の早さで、しまいに腹が立ってイライラして来た。
 此の国を通過してしまうと伊太利へ入るんだ。今日は天気がよかったので、十五号をかき続けた。セッカク、フランス迄ハルバル来たんだから、スキな景色はナルベク描いて置き度いと思って勉強しているよ。

 一月十七日 カニュー ホテルデコロニーにて
 フランスの田舎で、こんなもの凄い塔の中で、たった一人窓からそとの景色を写していると、ツクヅク淋しいと思うね。
 とうとう今日は終日、ジトジトと降った。西洋へ来てからこんな事は初めてだ。

 一月二十二日 ニイスにて
 風呂から上って、汗の止まらぬうちに洋服を着るのが全くつらい。うちでならねころんでやるのにと思うね。
 榊原と硲が巴里へ帰ったので、今 Cagnes のホテルは正宗氏と僕と二人切りになってしまった。その代り外国人の客が少しフエた。反って、静かで、落付いてよろしい。
 ニースの町の銀行へ金をとりに出かけた。土曜日で、午後であった為め、銀行が締っていた。それでお湯へ入ってブラブラと散歩した。ニースの湯は中々いい。宝塚へ行った事を思い出させる。
 ボーイにやるチップと共で、日本の金にしたら五十銭程でゆっくり温もって来られる、のどかである。雨が晴れたあとで、今日は美くしいニースが、特に美くしく見えた。土曜であるので、プラースマッセナ(マッセナ広場)で楽隊が盛んにやっていた。今日は行きは Cagnes のホテル前から、乗合の自動車で出かけた。カジノの前のカフェーの此の傘が、ステキに美くしく並んでいる。
 俺もここへ一寸腰をおろして、カフェーを一杯のんだ。

 二月三日 カニューにて
 もう此の月末には船にのるんだなと思うとうれしいよ。日本を立つ時には、いよいよ此の月に立つんだと思うと、少しイヤな心もちがしたがね。
 上海を出たら、船から無線電信で到着の日を知らせるから、神戸へやって来い。
 あまり大げさな迎い方をされるとみっともないからね、おまえからよく皆へ云っといてくれ。

 同日 カニューにて
 日本へ逆カワセを組んで、その金を日仏へ預金してあるので、その金を引き出して、すぐイタリーへ行こうと思ったら、二月七日が期日で、それ迄金は出せぬと云うて来たので、イタリー行きに少し困った。十日頃からイタリーへ行ったら、殆んど見ている日が無いし、どうしようかと思っている。一週間程でローマまで行って、すぐ引返す事にするかもしれん。

 二月五日
 石濱君からカワセが来た。
 日仏銀行から、僕が逆カワセを組んだが、それと行き違いになったらしい、もしかすると僕は二重に金をとる事になるかもしれん。もしそんなせつには、二千円は持って帰るから心配せんように。もし石濱君にでも会うたら、よろしく云っといてくれ。石濱君宛の手紙もかいて出して置いたがね。
 今朝、電報が来たよ。二生会と金鉄会とで、僕が帰ったら大に歓迎会をやるんだとか、かいてあった。たって見ると早いもんだね。
 明日は月曜日だから、ニースの銀行へ出かけて、カワセの金を受とって、それから、今カキカケの絵を仕上げてしまって、すぐにイタリー行きの用意をして、汽車の座席をとって出かける。イタリーで何か又いいものがあったら買物もし度い。
 今日、カニューの村で、二百年前の面白い懐中時計を買ったよ。中々時間も確かでよく動く。面白いクサリをつけて、今日から胸へさげてよろこんでいる。
 きのう、おとといなどは、フランスへ来て初めて、大風が吹いた。地中海が大変に荒れている。今日は風が無く
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