して悦んでくれたものがなかったということは実に憐れにも張合いのないことだと思う。それは、仁木弾正が花道の穴から煙とともにせり上がってみた時、見物人が皆居眠っていたというよりも、もっと張合いのないことである。
 喜んでくれるどころか、如何にしてこの種を消滅させようかとさえ考えられたりすることがあっては、一人前の魂を持ったものにとっては癪に障ることである。この様子を腹の中で聞いただけでも、まず因果の種はひねくれざるを得ないではないか。
 もし、私だったら母体を破って流れ出してやるかも知れない。

 私の知っているAという女がある悪食家に食べられた話がある。
 私は妙なめぐり合わせで、昔から変なものばかりに好意を持たれたものである。以前私は怪説絹布団という話を書いたことがある。それは六十幾歳で草履の裏のような顔に白粉をべったりと塗った婆さんに大変な好意を示された話である。
 私は自分の仕事の性質上、随分悪食家となってはいるけれども、食慾や色慾に対しては決して悪食にまで進んではいないつもりでいる。
 だから私は、左様な奇怪な婆さんを好きには決してなれなかったのだ。
 ところでこのAという女は六
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