下げた紳士を見ると少し不愉快を覚えるのである。どうも写真機というものは実は私も持っているが、一種のなまぬるさを持っていていけない。
しかし、そのなまぬるさを嫌っては、どうも近代の女たちからの評判はよろしくないようだと思う。我々は古い男たちよと呼ばれざるを得ないであろう。
そのなまぬるさを平気でやるだけの新鮮なる修業は、我々明治年間に生年月日を持つ男たちにとっては、かなりの悩みである。
私は巴里《パリ》で、誰れかのアミーと共に自動車に乗る時、うっかりとお先きへ失敬して、アミーたちにその無礼を叱《しか》られがちだった。
いつのことだったか、雨が降りそうな日に、私と私の細君とが公設市場の近くまで来た時、理髪屋の前で細君が転《ころ》んだ、高い歯の下駄《げた》を履《は》いていたのだ。私はその瞬間に大勢の人と散髪屋が笑っているのを見たので、私はさっさと歩いてしまったものだ。起き上って私に追いついた細君は、もうその薄情さには呆《あき》れたといってぶうぶういった。といっておお可哀そうに、などいって抱き上げることは、私の潜在せる大和魂《やまとだましい》という奴がどうしても承知してくれないのだ。
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