のである。
私達は一番いいというものを探しているのでは決してないので、手当たりしだいの手近なものに美しさを認めている。そして第一その野菜なり美人なりを食べようとは思わない。大概の場合その静物が絵となってしまうころは野菜は萎びてしまい果実は腐りかかっているから、皆そのまま芥溜めへ捨ててしまう。モデルは腐らない代りに、金を受け取るとすぐアトリエから去ってしまう。
裸女や野菜を私達は眺めているが、それを一々細君として見たり、毎日のおかずとはしない。したがって私達はそれらのモティフに対して、非常に自由な選択が許されている。
あまりに自由であるから、かえってまごつくのである。だから私達の前へ十人の美人の写真を並べてどれを細君にしたらよいか、どれと恋愛をしたら間違いがないかを鑑定してくれと注文したら、案外一番妙なものをつかみ出すかも知れない。
AはAとして、BはBとして、CはCとして面白い、これはこれとしてあれはあれとして面白いと思うから結局どれが日本一だかさっぱり判らなくなってしまう。その点、女色を漁る色魔とか、食物を極端に味わうところの悪食家の心にも似ている。
何事によらず素人というものは日本一を要求する。日本一の風景はどこですかと訊く。日本三景何々八景というものを考えてみたりする。美人投票一等当選というものを嫁にほしいといって両親を困らせる息子もある。
世界一の音楽家を定めようとするし、世界一の絵描きさんは誰ですかと訊く人も多い。これでは世の中では、女は常にただ一人だけが看板として要求される筈である。
その結果かも知れないが、ショーウィンドの飾り人形の顔を見ると、皆均一の顔である。そしてその顔は、昔一番有名であってかつ面白味のなかった名妓何々の顔をそのまま拝借してあるようだ。
それでは日本人は皆芸妓何々に似た女と結婚しているかというと、なかなかそうでない。あらゆる変化あるものを同伴している。
しかしながら無理の通せる財産家の極道息子が結婚する時などはしばしばあれでないこれでない、やはり何となくあの妓に似ているという点でようやく承知したりする。要するに、名妓何々のイミタシオンを買ってしまう。
現代ではすでに名妓は廃れてしまいその代り活動女優とか西洋もののフィルムの中にその第一番を求めようとするようだ。
ある素人の美術通などという男の説によると、日本の女の裸体は見ていられない。裸体は西洋人に限るそうだ。なるほど整頓していることは西洋人に限るかも知れないが、整頓しているものが必ずいい味を持っているとは限らない。不整頓な街景が整頓した街よりも絵になることがある。私などは日本婦人の味を西洋人の味よりも深いと思うことさえある。
おかしいことには、その美術通でさえも、丸くて小さい代表的日本婦人とともに仲よく散歩しているのであるからやはり何かひそかに、味は感じているのかも知れない。
ところで人はみな日本一、世界一を考えているのでまず無事なのだ。もし芸術を作らない普通の人が、何に限らず食べたがる普通人が、あらゆる女に対してそれ相当の興味を感じ出したり、手当たり次第に食慾を感じたりしてくれては無数の色魔が現れて危険だ。
まず何とかかとかいいながらも、あり合わせたところのものを自然から恵まれ、身分相応の恋愛をするにいたり、そしてそれが日本一に見えてくる仕掛けになっているらしいところでちょうど安全である。
ところで世には悪食家というものがあって、まず普通人間が食うべからざるものでも食ってみたりして喜ぶ道楽者がある。最近に聞いた話によると、ある人は蝿の頭を集めて食べてみたという。そして[#「そして」は底本では「そしして」]下痢を起こした。まずいろいろと食べてみたがこんなまずいものはなかったということだ。
悪食家というものは、食慾界の色魔ではないかと思う。われわれ画家は美に対しては多少の色魔となっているかも知れない。ちょっと食えないものでも食っている。そして貧乏に苦しみながら一代を好色に費やしてなお足りないという次第となっている。
だがしかし芸術上の食慾は猫を殺したり、蝿の頭を集めたり、女を食べてしまったり、要するに、左様な殺生や、他人を不幸に陥れたりは決してしないつもりである。本当の仏性とはこのことかと自ら考えるくらいあらゆるものを敬い過ぎるようである。悪食家でさえも自分の責任は自分で背負って立って行くものだ。例えば下痢をするとか、あるいは中毒して死んでしまうとか。
すると何といっても好色という悪食家が一番いけないことになる。色魔というものは自分の責任を負わないからいけない。責任を全うする色魔というものがあったとしたら、それは決して色魔ではない。
私の知っているある名誉職という老人にして女中専門という悪食家があったが、
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