いかと思う。
 その代り相当の優秀な作家が、絵によって世の役に立つところの仕事、世の中に絵の描けない人達のためにつくすべき仕事に向かって流れて行くことは私は悪くないと思う。美しく近代的なショーウィンドを構成し、ペンキ看板はよりよくなり、女の衣服は新鮮であり新聞紙や雑誌は飾られ、※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵は工夫され、ポスターと新薬は面目を改めていくだろう。都会は美しさを増す。
 しかながら一軒のかしわ屋の看板を描くために五〇人の画家が押し寄せたとしたらどうだ。どうしていいかにも私も見当がつかない。
 だが、やきもきと何かと戦っているところの若いものはまだいいとして、本当に芸術に噛りつきながらもつぶしの利かない、しかも世の中の焦点から消えて行く日本の老大家達の末もあまり明るいものではない、かと思われる。
[#地から1字上げ](「セレクト」昭和五年三月〜四月)

   現代美人風景

 現代の婦人と申しましても、それは大変沢山の異なった種類の婦人を含んでいます。まず昨夜生まれた女の子供はまだ婦人とも申されませんが、やや長じて一かどの体面を備えかかるところの女学生時代にあるものおよび結婚前の婦人、この中にこそこの現代美人風景の焦点をなすところの、美人をもっとも多く含有するところの、いとも華やかな時代、それから細君、婦人、女房として完全な時代にあるもの、あるいはお寺へ毎日出勤したり、お大師めぐりの列に連なる老婆の群等あらゆる種類の婦人達がこの現代に充満して共存している次第であります。
 またそれらの婦人の生まれた年月を考えてみましても、明治以前から一九三〇年にいたるまでの各年代を取り揃えてあります。だから一概に現代の婦人といってもかなりその全体の婦人がことごとく一致して同じ傾向のことを好み、皆が東を向き、皆が揃って西を向くということは出来ません、ことに現代は千差万別の気の合わないものの集合だといってよいと思います。もちろんこのことは婦人に限ったことでなく、男女共通あるいは男の方がもっと時代の主役を勤めていますからもっとはなはだしいのであります。
 ことに明治から今日にいたる時代の動き方と変化の急速なことは、まったく昔の二世紀や四世紀位の仕事を十年位でやってのけた位の以前の変化を致しましたから、まったくこれ程急激に根本的な変化を経
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