時計台の上には美しき笠がありその周囲にはシャンデリヤの如くレースの如き美しき装飾が施されている。時計の文字もまた古風であり、古めかしき音によって今なお、時を知らせつつある。
 私の子供の時分には、大阪に二つの高塔があった、これは天王寺五重の塔とは違って、当時のハイカラな洋風の塔であった、一方は難波《なんば》にあって五階であり、一方は北の梅田|辺《あた》りと記憶するが九階のものだった。九階は白き木造で聳《そび》え五階は八角柱であり、白と黒とのだんだん染めであったと思う。私は二つとも昇《のぼ》って見た事を夢の如く思い起す事が出来る。

 つい二、三日前、バスの中である老人の大工がこの五階について語り合っていた、昔はもっさりした[#「もっさりした」に傍点]ものをこさえたもんや、あの南の五階はお前、八角のといいかかった時タクシと市電が衝突の混雑を発見して大工は話頭を転じてしまったため、その由来を聞く事が出来なかったのを私は頗《すこぶ》る残念に思った。
 消滅した建物では、堺筋の南方今の新世界の辺りかと思うが、多分それは商業クラブ[#「商業クラブ」に傍点]とか何んとか呼ばれた処の円屋根を持った白い建物があった。堺筋に立って南を見ると、必ずこの建物を望み得た事を記憶する。
 円屋根といえば私は先きに述べた処の旧府庁舎の円屋根を愛する。大阪最初の記念すべき洋館であり、ある西洋人の設計になったものだと聞くが詳細の事を知らない。二、三年前の院展がここで開催された時、私は這入《はい》って見たがかなり暗くて、不気味だった、殊に円屋根の内部は階下から見上げる事が出来るようになっていた。二階の床には円屋根と同じ直径の穴があり、古めかしき手摺《てす》りがあり、その穴からヨカナアンの首が現れそうな気がした。その他まだまだこの時代の建築を探せばかなり出て来そうであるが、なお私は神戸の居留地と山手に散在する処の古き洋館に頗る愛着を感ずるものの多くを発見しているのであるが長くなるので神戸は略する。
 ただそれらは殆んどバラック風で植民地的であるが故に、如何に時代の変遷の中途に位する処の記念すべきものであり特殊の面白さを持っているものであるにしても、永久に住む事が不可能な都合に出来上っているために、だんだんそれらのものはこの世から消滅して行くであろうけれども、私はその代表的のあるものだけは、せめてこの時
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