に当時沁み込んだいろいろの教育資料は、悉《ことごと》くこの下手《げて》ものばかりだったといって差支《さしつか》えない。
 学校で一体私は何事を教わったかを忘却したが、この下手《げて》なる教材の多くを私は忘れ得ないのだ。それが一生涯、私の血の中を走っているような気がする。

 例えば父は、浄るりを語っている、母は三味線を弾《ひ》く、夜は夜店を見てあるく。そして、太鼓まんじゅうと、狐《きつね》まんじゅうと、どら焼きを買って帰る、丁稚《でっち》小僧と花合せをして遊ぶ、時々父は私を彼が妾宅《しょうたく》へ連れて行く。その家の戸口には、角行燈《かくあんどん》がかかってあり御貸座敷と記してあった。
 そこでは「ぼんぼん、ええもの買うてあげまよ」といって芸妓《げいぎ》と仲居《なかい》が私を暫くの間、芝居裏の細道をうろうろと何かなしにつれて歩くのだ。そして何か一つ玩具《おもちゃ》を買ってもらう訳だった。やがて父は、さあ帰ろうといって私の手を引くのだ。私はそれが何をしに来たものか、この酒と酒を温める湯と、妙な臭気の立つ処の、しかも何か華かな心を起さしめるこの家が何屋で何をするうちか知らなかったが、それを会得するのには中学程度の知識が必要だったと見え、十五、六歳に及んでうすぼんやりとなる程度、ははん[#「ははん」に傍点]と気がついた。
 しかし、そこで私のたべさされた桃などは、とても家庭でたべるものとは比較にならない上等の品だった。今考えると、水蜜桃らしかった。何しろ口中で甘い汁がどっさりと出て直ちに溶解してしまうのだから素敵《すてき》だ。綺麗《きれい》な鉢に盛られてさアぼんぼんお上りといって出されるのが何よりの楽しみなんだ。それに皆が大変よくしてくれるので、私は幸福な家だと思った。ところがまた妙に大切にしてくれる処が気に食わぬ処もあった。
 それにも一つ、ここへ来ると、あまりに女の人たちが美し過ぎるのと、大礼服を着用しているのと、それらが強い香気を放って、妙に私の心を騒がせるのがきまり悪くて堪《たま》らなかった。それに彼女らは、よってたかって学校でもどこでも、聞かされた事のない会話を喋《しゃべ》るのだ。そして、さアぼんぼん、もう水あげすんだ[#「もう水あげすんだ」に傍点]といって勝手に喜んでいたりするのが、私に諒解《りょうかい》出来ないのだが、何かその臭気や大ぜいの女の色彩や電燈の光
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