るのだ。私はその山だけはなつかしく窓から眺めてみた。やはり相変わらず十年以前の如く白い岩山に松が茂っていた。そして、相変わらずカチンカチンと石を割って切り出しては運んでいるのも見えた。私はこの記念塔がかなり小さく遠ざかって行くまで眺めていた。
尾の道から高浜までの連絡船はいい眺めだった。静かな海上と船の揺れ具合と汽船が持つ独特の匂いとは、私にとって珍しくうれしいものだった。私は船のまかない部屋あたりまでもその匂いを嗅ぎに出かけたりした。したくもないのに便所へまで行って船の匂いを嗅いで歩いた。そしてこんな連絡船の匂いから、私はインド洋、紅海などをさえ思い起こしたりした。
T夫人は船のボーイに幾度となく今日は波は立ちませんかと訊いた。そのたびにボーイはヘイ大丈夫ですと受け合ったにもかかわらずだんだん揺れ出して来た。とうとう高浜へつく手前から雨さえ降り出して来た。
道後温泉へは七、八年前ちょっと来たことがあった。あまり変わってもいなかった。しかし私の宿は大変ハイカラなもので洋館で、そして畳敷でお茶の代りに甘い煎薬のようなコーヒーをさえ飲ませてくれた。
町は博覧会のためにかなり賑わっていた。道後の公園はちょうど夜桜の真盛りだった。夜桜の点景人物は概して男と芸妓だった。それらの情景のためにわれわれは多少の悩ましさを感じて帰り、湯に入って寝てしまった。
翌日雨の[#「翌日雨の」は底本では「翌朝揺れ」]ドシャ降りの中を自動車で太山寺へ向った。そこは西国第何番かの札所だ。T君のお父さんが閑居しているところの閑寂をきわめたところだった。山には桃が多かった。境内には花が散って泥にまみれていた、巡礼がたくさん詠歌を唱えている。昔、二十年の昔なら洋画家は必ずや画架を立てかけたに違いないところのモティフであった。
道後の湯は神社か寺の本堂の如く浴槽は何となく陰鬱で、あまり清潔な気はしない。湯口から落ちてくる湯に肩をたたかせようとするものが順番を待つために行列をしていた。ある老人は悠々と四つ這いとなって尻の穴をたたかせている。面白い形である。多分痔持ちなのだろう。私は湯の不潔さを感じて早く逃げ出そうと思った。
博覧会は雨の中、どろたんぼの中に立っていた。T君夫婦とその一族は会場内の茶室へ招待されている間、私は娘曲芸団の立ち見をしていた。ちょうど[#「ちょうど」は底本では「ちょぅど
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