また厳かにあるのである。離れ難い愛着を感じる愛欲の男女がこの上の結合が相互の運命を破壊しつくすことが見通されるとき、その絆を断固として断たねばならないことは少なくない。たいていの妻子ある男性との結合は女性にとって、それが素人の娘であるにせよ、あるいはいわゆる囲い者であるにせよ、早晩こうした別離の分岐点に立たねばならなくなるのが普通である。そこには相互の間に涙の感謝と思い出と弁解とがあるであろうが、しかもこの人生にもっと厳しい現実の掟は、傷ましき別離を要求せねばやまぬのである。ケーベル博士は「結末をつける事、此れ何たる芸術であろう」といっていられる。動きのとれなくなった愛欲関係になおひかれて相互の運命を破局に導き、世法の威厳を踏みにじるのはたとい同情すべきであっても、正しいことではない。そこに強き意志と深き英知とを働かして「芸術ある」結末をつけねばならないのである。素よりかような結末には深きつつしみと心遣いとがなければならないのはいうまでもない。多年愛し合った男女が別れて後互いに弱点を暴露して公に争うが如きは醜き限りである。願わくば別離を経験したことによって、前にも書いたようにその感情の
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