何もかも身をもって知る態度を保ちたい。私らの案じなければならぬのは、心に大きな熱あり、飢渇ある思想感情の訪れなくなることではありますまいか。私はいい加減なところで収まって生きてゆきたくないと思います。
便のおりに、正夫君の訳したフランシス伝の原書を正夫君に聞いて知らして下さいませんか。大切になさいますように。[#地から2字上げ](久保謙氏宛 二月十二日。鞆より)
アリストクラート
手紙と雑誌とをたしかに受取りました。「白樺の恋人」はただちに読みました。山のなかの神々しい湖水、山の人々の生活、そして人生のある道すじを辿《たど》ってる種々の青年とその個性の運命などを感じて読みました。私にはああいう背景の前にいでたる青年の会話と、それを透してうかがわれる運命というようなものが最も興味を動かしました。山のなかの景色や人の生活も私にフレッシュな心に適うたものでした。
あなたは故郷で静かにおちついて暮らしていることと思います。「いたるところで調和を保つアリストクラート」として、周囲に集まる弟姉らをもさしてめんどうがらずに悠々と心のバランスを保って暮らしていることと思います。私はそのアリストクラートの心を得ることにこの一年の間努力してきました。私の素性はいつも調和しないインタブルなものであることを自覚していますので、私はよほど注意しないと周囲に不愉快な空気をかもしてばかりいます。私はそれを怖《おそ》れ忌《い》んでいます。トマスが「なんじ静かなるところに退きて神をエンジョイせよ」といったのが心にしみます。私はこの頃はトマスの理想とするような生活をいたしています。私は町からはなれた森のなかの沼のほとりの一軒家に私ひとりで暮らしています。家にいるとわがままが出ては父母を傷つけ自ら不愉快になりますし、また病気の性質上、私だけはなれて暮らしています。昼は日光浴をしたり魚を釣ったり、夜は燈火をともして聖書やアウグスチヌスや主として、レリジアスなものを研究しています。あなたと同じように私は旧約聖書にたいへん興味を感じて読みます。私は祈祷《きとう》の心理を日に日に深くしてゆきます。単に詩的な感興を催してでなくて、実際的な要求から祈ります。私の恐怖は私らがどんなイグノランスから自他を傷つけるかもしれないということです。私は神の光に輝いた知恵がほしい。ことに自分の行為が他人の運命に交渉するときに、これまで私のしたいろいろなことを考えてみるときに私は人間のイグノランスを痛切に感じて恐怖します。ああ私は自ら知らずして他人を傷つけていました。私は宗教がこの現われたる世界をよしと見ないのに賛成いたします。そしてその最大なる欠点は生命が他の生命を犯さないでは、存在できないことであると思います。これ神のあたえたまいし厳粛な罰ではありますまいか。私はキリスト教の宿罪の思想に非常に興味を感じます。私らの生まれながらの罪を救済するための罪なきものの贖罪《しょくざい》としての十字架が、真に愛のシンボルであるとも思います。与えるばかりの愛の、これほど大きな計画はないと思います。聖書は戯曲としても最大の問題を取扱ってるかと思います。それが空想であるか、実在であるかを決めるのは私らの放擲《ほうてき》、憑依《ひょうい》、転換――内面から迫られた一種の冒険でなければならないかと思います。ファンタジーとレアリテートの間に私は主観的ならぬ区別はないかと思います。私はルナンのヤソ伝を読んでいます。そしてキリストは大なる空想家であったといってるのに注意しました。近代の青年はあまりに空想が小さい。
なにしろ私は、宗教的気分の醗酵のなかに暮らしています。そして不幸な地位に忍耐して勉強しています。夜は実に淋しくなります。蘆《あし》が生えた池州や舟の乗り捨てられたすがた、湿潤な雲の流れる空、私はなつかしい燈火の下でアウグスチヌスのいう Liebe ohne Leidenschaft というようなものを感じつつひとり書物を読みます。私は教会へ行くほかはいっさい町へ出ません。
病気はだんだんいいほうですから悦んで下さい。九月にはどうか東京の方へ出たいものだと思っています。気候が悪いからからだを大切になさい、あなたについていのります。
[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 七月六日。庄原より)
手術
あなたに御無沙汰していた間、私はまた不幸にとらえられていました。私は九月の上旬から穴痔《あなじ》という性質のよくない病気に苦しめられて、今日もなお苦しんでいます。その間二度手術を受けました。二度目のはこの病院で、全身麻痺の恐るべき手術でした。私は今もなおあの手術の時真裸かで、手術台の上に寝かされて、コロロホルムを嗅がされて意識を失う時の、恐るべき嫌悪《けんお》すべき心持を忘れることができません。手術後で今日は五十日目なのに、まだなかなか癒えそうにありません。毎日痛い目を忍んで生きています。歩行すると出血するので散歩もできません。
しかし謙さん、私はこのような生活をしていますけれど人生を呪う気にはどだいなれません。それに反して人生がある全一な、積極的な幸福なものでなければならないとの根本信念が私の心の底に日に日に育ってゆくのです。私は信心深くなります。私はこのような病身なのですから、一生涯《いっしょうがい》ほとんど病院暮らしをせねばならぬかもしれません。また私の生涯は長いものではありますまい。それにしても私は私にゆるされた生をたのしんで感謝して暮らしたいと思います。私は病院のなかでもできるような、不幸な人々のためになるような、仕事を発見したいと念じております。私はこの数年、霊の上に、肉の上に、さまざまな苦痛を受けました。そして、真に他人を愛することを知りました。異常な忍耐力と隣人の愛とが私の心に植えられた。これ私の限りなき感謝です。謙さん、どうぞいつまでも私を愛して下さい。私のことを思い出して下さい。私はただひとりはなれて、私の生活を宝石のごとく育て、かつ祈り、かつ考えて生きております。神もし、私に何らかの使命を与え給うならば、私も立って君らとともにはたらく時もありましょう。どうぞ待って下さい。なにとぞ幸福に暮らして下さい。
[#地から2字上げ](久保謙氏宛 十二月二十二日。広島病院より)
[#改ページ]
大正四年(一九一五)
生を呪わぬ心
あなたへお手紙をあげようと毎日思って、まだ得書かないうちに私はまた不幸に訪れられました。私は明後日また第三度目の手術を受けなければならないことになりました。肉体的苦痛に対する不安と恐怖との人並以上に強い私は、今それに抵抗するために、精神を緊張させねばなりません。なにとぞこの手紙の、あなたの心にみつるほどに、長くこまやかでないのをゆるして下さい。この前の手術後、七十二日間日々耐え忍んだ苦痛はまたむなしくなりました。私はまた新しき忍耐を要求せられました。私の苦痛は私がしのび受けることによって、完結するとしても、私の父母に与えるなげきをいかがしましょう。私は実に両親の不断のトラブルです。ああ私は夜暗い、冷たい教会の板の間に伏してどんなに両親のために祈ったでしょう。
謙さん、あなたの先日のお手紙は私をたいへん強めまた温めてくれました。私は運命を忍受して何もかも耐えしのびます。私には愛と運命とに対する微妙な心持ちが生じてきました。そして私はますます人生に対して積極的になります。
私は人生を呪うことができません。これ私の最深の恵みです。どうぞ私のために祈って下さい。
私はあなたのアリストクラチックな高雅順良なひととなりを、心から懐かしく思っています。どうぞふしあわせな私を忘れずに祈って下さい。私はあなたや正夫君らと一緒に仕事をする時が来るような気がしてなりません。私は父が私に与えてくれる財産を全部投じて、私らの生の歩みのために、そしてそれによって他人を潤おすために雑誌でも出そうかと思っております。そんなふうな仕事ででもなくては私のような病身なものの他人のために貢献する道はありません。
けれどもそれも神のみ心でないならばいかになるかわかりません。さきのことはとてもわかりません。
私はこの二、三年の引き続いての苦難によってたいへん試練されました。そして私の心のなかの虚栄心がどれほど焚き殺されたか知れません。私は運命に甘える心、おのれに媚《こ》びるすべての思想感情をば神前に釘づけるために日々祈っております。
もはや女は本質的に私をひきません。私の主要問題は愛と運命とです。そして強い深い一種の楽天思想です。人間の悲哀と調和と救済との問題です。
私は武者小路氏や阿部氏の愛の思想の、まだ十分に醗酵していないのを痛切に感じます。真の愛はもっと実践的な、そして祈祷的な、かなしい濡れたものでなければならないと存じます。むしろ鈴木龍司氏の愛のほうが深く達しているでしょう。
私はこの数日の間病友と病友との間に生じた争いを調停するために祈り、かつ働きました。そして氷雨《ひさめ》の降る夜を車に乗って奔走もしました。そしてついに平和をもたらすことができました。私の心はどんなにやわらいで、そして感謝したでしょう。
まことに私の周囲には憐れむべき人々がたくさんおります。それらの病友のなかには私の静かな愛の言葉によって、わずかに慰藉を感じているものもあります。あわれではありませんか。昨夜も私のとなりのとなりの室には十三になる少年で、汽車にはさまれて足をくじき切断された患者が入院しました。その悲鳴はよもすがら私の眠りを破りました。その父親は気が転倒して一時発狂状態にありました。その父親のごとき境遇にあって、愛児の苦痛を目睹《もくと》しつつ、いかにして人生を感謝することができましょうか。しかも人生は美であり、調和であり、感謝であると信ずることのできる宗教的境地――それを私は憧《あこが》れ求めます。死力を尽くして生き切る時に、運命を呼びさまして、真の神のヘルプを受けることができるのでしょう。私はまだまだ絶望してはなりません。
今日は手術のことが心配で、気をおちつけて手紙を書くことができません。不安と恐怖とたたかわねばなりません。手術後はまた動かれなくなり、当分しみじみと手紙もかかれますまい、またしんぼうせねばなりません。ああいつまでもいつまでも人生を愛して倦《う》みますまい!
私の妹があなたを訪問するかもしれません。その時はなにとぞ私のことを思い出して話して下さい。今日はこれにて筆をおきます。[#地から2字上げ](久保謙氏宛 一月十六日。広島病院より)
ドストエフスキーの感化の中にあって、祈りと人間同志の従属感にぬれていたころ
私は今朝《けさ》最近に私の周囲に起こった事件のために悲しく、淋しくされた心で寝台に仰臥しておぼつかない、カーテンを洩るる光のなかに病むものの悲哀にうちしおれていました。硝酸銀でやかれたので傷が痛みます。耐え忍ぶことの尊さを知った私は、それでも眼を閉じて祈りの心持ちのなかに没しようとつとめました。出来事というのは次のようなことなのでした。私の知合いのフランシスという牧師が、私の見舞いにひとりの看護婦を送ってくれました。その女はクリスチャンで愛らしい単純な信心な女です。私はもはや百日も病院にいますのに、少しも私となつかしき話のできるような看護婦はできませんでした。みな役人らしき冷淡なあつかいをするのです。ひとりとして私に触れ、私の魂のなかの宝石を発見し、私のなかのよき部分に触れてくれる者はありませんでした。ひとりの私にすがってくれる友は肺重くして私の部屋まで来ることはできず、私は少しも歩行できないのです。久保さん、私はだれでも愛し、求めるものには惜しまず与えんと、心のなかに常に和解と愛とを用意しているのになぜ、人は私に温かい交渉をしてくれないのでしょう。私はキリストが昔「われ衢《ちまた》に立ちて笛ふけども人躍らず、歌えども和せず」となげかれた、かなしき心持ちをしのびました。そしてどんなに私に求めに、愛されに、す
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