の顔をしみじみ眺めていました。その日の午後姉は一同を病床に呼んでくれと父に乞いました。その時、医者はもはや臨終であると告げました。一族は姉の枕元に集まりました。それから息を引き取るまでは実に美しい、尊い感動すべき光景でありました。姉は一同に別れの言葉を告げ、両親に愛育を感謝し、祖母の身の上を労《ねぎら》い、自ら合掌して念仏してくれよとたのみ念仏の声につつまれて消ゆるごとくに死にました。死ぬ間際まで意識は水のごとく澄んでいました。死ぬ三分間前に姉は「百三さん、百三さん」と呼びました。私は姉の手を握りました。「あなたは私を可愛がってくれたわね、兄妹のなかでも……」ここまでいった時にもはやものをいう力がなくなりました。「お前は見あげたものだ、このような美しい臨終はない、私もじきに後から行くぞ」父はこういって涙をこぼしました。まったく、十分間後に死ぬる人間の口からさまざまないじらしい道徳的な言葉を聞くのはやる瀬のないようなものですね。私たちはみな本能的に、「じきに行くよ」「私もじきだじきだ」といっせいに申しました。そして本当にじきだという気がいたしました。私もじきに死ぬのだということが一番私た
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