ませんね。天香さんなどはフランシスのとおりに行なっていられます。たしかに聖者という感じがいたします。天香さんは昔西村家という待合に十何年間も住んでいられました。今の勝淳さんという一燈園のクララともいうべき尼は、昔の西村家の仲居でした。品のいい静かな婦人です。一燈園の二階の婦人の室《へや》には大小をはさんだりっぱな武士の絵姿を軸物にして懸けてあります。これは勝淳さんの祖父の肖像だそうです。私が一燈園にかえってあくる朝は大雪で、林も垣根もま白になりました。私は顔を洗いに庭に出ますと、そこに勝淳さんが、白雪の重たく降るなかに、立ちつくして、天を拝しつつ、指を輪のようにして黙って祈りの姿でいました。私はその気高い、切髪にした四十幾つの女の祈りの姿を忘れることができません。
 また一燈園の仏壇に飾られてある観音の絵像は、西村家の娘なつ子さんの似顔です、なつ子さんは二十四で、四年前になくなりました。私は天香さんの日記「天華香洞の礎」というのを読ませていただき、なつ子さんの死がいかに天香さんへの打撃であったかを知って涙をこぼさせられました。多くの若い娘たちが、天香さんを慕うて来て、なつ子さんのように
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