たれるならば、今年は仕事の収穫の非常に豊かな年となるだろうと思っています。私の「俊寛」を「出家とその弟子」を上演した創作劇場が上演したいといってきましたが断わるつもりです。今の仕事を仕上げたら「イダイケ夫人」というインドの材料で長いドラマにとりかかるつもりです。では御大切に。いずれまた。[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 二月十日。明石より)

   モデル問題

 お手紙拝見しました。「文壇への批難」の中の聖フランシスについての一節は、僕は君を目安にして書いたのではありませんが、君の名誉のために断然省略するか書き替えるかして、君に迷惑のかからぬようにしますから安心して下さい。歌わぬ人については、今の君の非文壇的な仕事とシュテルングからいっても人が誤解することは少なかろうと思います。機会あるごとに僕が取消しましょう。君に迷惑をかけてすまなく思います。先日の君のお手紙にあった、僕の君への手紙の整理については、僕は君がそれほどまでに僕の手紙を大切に保存していて下さっただけでも実に感謝します。君のそういう方面の性質は真実に尊いものだと思います。あのゲーテなどが持っていた、そしてそれは親和力の一部にものっていると思いますが、君に独特な一つの本能となっているほどなよい性質と思います。僕などはどうしてそういう性質が乏しいのだろうかと思います。恋人の手紙さえも失ってしまったことを恥じます。一つは病身で手がないのといろいろな心を打つような出来事にたびたび遭遇してきたので、そういう尊い思い出であっても、直接に重要でないものは省みていることができなかったからではありますが、しかし僕の徳の欠けているということはあらそえない気がします。僕には蔵書ができず、また学者になれないのもそういう性質の欠乏が累《るい》をなしていると思います。大庭君なども君のそういう性質をほめていました。
 しかしあの手紙を多くの人々にみせることは私は好みません。あるいは僕がこの世を去ったあとでそれが公けにされて、たとえばゲーテとシルレルとの書信の往復のごとき、文献の一つとして後に伝わるというようなことはふさわしい気がしますが、僕がなお生きているうちにそれがいくらか公けな性質を、たとい出版されるものでなくても、持つことは好ましくない気がします。ことにあの手紙のなかには、僕のプライベートな、したがって親しきものへのほかは秘密にしておきたいような部分をも含んでいるのですから。
 しかしながら、きわめて少数の心ある人たちに真実に私的な意味で、君がその手紙の集をみせて下さることはかまいません。そしてその手紙の集に僕が一つの記念の言葉をかいて付加することは僕もふさわしく思いますから、ひまな時にかいて送らせていただきます。僕は君が僕との友情をそれだけに重んじていて下さることを感謝しないではいられません。そしてまた、あれだけの手紙をかくことはめったにあるまいという気もするのです。僕は今「父の心配」という四幕物の現代物の戯曲の三幕目をかいていますが、これはたぶん君に気に入ってもらえるだろうと思っています。
 僕のかいた物の中で一番すなおで教養的で僕の無理をしない自然な持ち味が出ていると思っています。来月初旬「俊寛」を、小山内氏が監督して左団次一派が、明治座で上演することになりました。艶子はあれからずっと病気がなおらないので、ねたきりでいます。この頃母が看護に来ています。僕はあいかわらず室に閉じこもったままで少しも外出しません。三月になったら時々出てみたく思います。一度どこかへ旅行がしてみたくてたまりません。君の研究がますます学術的に精密となり深奥となりゆくのを心からお祝いします。では今日はこれでよします。
 私からはたびたび便りをしなくても、からだのいい貴殿からはなにとぞたびたび便りを下さい。僕は君の手紙を読むのはたいへん好きなのですから。そしてその手紙のなかにある教養的な、君でなくては書けない、美にまで解かされた理智的空気に触れることは僕にとってよい刺戟《しげき》でもあるのです。僕が便りを怠るのは真実にからだのせいなのですから、あしからずゆるして下さい。
 君の歯の痛みが早く取れるように祈ります。ではお大切にいずれまた。
[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 二月二十六日。明石より)

   有島武郎の訪問

 おはがき拝見しました。二十日にいらっして下さるそうでうれしく思います。ずいぶん長い間御無沙汰しました。ようやく数日前から手紙も出すようになったようなわけなので御無沙汰をお許し下さい。あなたは健《すこ》やかで仕事に励んでいられるそうで喜びます。私は一時はずいぶん苦しみましたが、この頃は熱もなく、気分もよくなりましたから喜んで下さい。ただずいぶん長らく寝たきりだったので、頭を枕から離すと眩暈
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