て生きて行かねばならない。そして一個の神に造られたる人間がいかに生き、成長し、運命を知り、徳を得たかは、他の共存者の力となり、望みとなり、少なくとも自らの運命を省るたよりとはなると思います。私ごときが何によって他を潤おすことができましょう。ただ一つ与えられたる素材をもって最も真摯《しんし》に生きること、そしてその生涯を他人に献げたい、「共存者よ」私は言いかけたい。「私を見てくれ、私はかく虫けらのごとく貧しく醜く造られ、そしてかく拙《つた》なき運命を与えられ、しかしてこのところまで生長した。私に神の祝福を祈ってくれ」
 私はそのような態度でこれから生きてゆこうと思います。それで私は私の生活について語るために、表現してゆきましょう。それについて私はこれから書物を一冊世に出そうかと思います。それは私がこれまでいかに歩んで来たかを示し、この後の歩みの行く方に続く必然性を見てもらいたいためでございます。それで私は「他人の内に自己を見いださんとする心」と「恋を失うたものの歩む道」とのほかに、この三年間に育ってきた私の思想をまとめて、現在、他人に語りたい、すべての考えを集めて、書物にして出したいと思います。そしてこの書物によって私の仕事の第一歩を初めたいと存じます。
 私はその講文集を「善人にならんとする祈り」という名にしようと思います。そして名もない私のものなど受け合うてくれる本屋もありますまいから、自費出版にしようと思っています。私は明日からこの仕事に着手いたします。なにとぞ私の仕事と運命を祝福して下さいませ。私は病気のためにあなたの半分ほども仕事はできず、学校へも行かれず、才能は輝かず、何かについて 〔ungu:nstig〕 な境遇にありますけれど、前に述べたような考えから共存者に向かって、心から心へと、語るようなものを出したいと存じます。私を助けて下さいませ。
 秋からは上京いたします。あなたは私を近くに持つことに、それほど期待を置いて下さるのを、相当しないとは思いながら、嬉しく思わずにはいられません。待っていて下さい、今に参りますから、やがて謙さんも北海道から出て来られるでしょうし、私たちの東京での生活はまたいっそう活気を帯びてくるでしょう。愛と運命との博い、濡れた接触の上に立って、仕事と生活とを共にして参りましょう。私はもはや一か月ほど謙さんにも書かないで、昨日妹への手紙にはたいへん心配してよこしました。明日は私の心を乱して無沙汰した詫びをして永い手紙を出しましょう。私は秋からはカソリックの神学校のようなところに身を置きたく思うのですが、僧侶《そうりょ》としてのマナーや、儀式や古いキリスト教の教育を授けてくれるところはありますまいか。ついでの時にしらべて下さいませ、またお手紙出します。今日はこれで筆とめます。幸福にお暮らしなさいませ、また弱い私のために祈って下さいませ。[#地から2字上げ](久保正夫氏宛 八月二十一日。庄原より)

   「愛と認識との出発」の準備

 この頃は静かな読書や、たのしい訪問などして、おちついて暮らしていらっしゃいます由、安心いたします。東京へ参る日も近づきました。そしてその日を十月一日と心に定めながら、私のたびたびの不幸から生じて来た不安な心持ちから、私はそのときにはまた何かそれをさまたげるような出来事が起こりはしまいかと気になります。どうかそのような事のないように祈ります。艶子は九日の朝庄原を出立いたします。別府で親しくなったひとりの娘さんと尾道で乗りあわして東京まで一緒に行くことになりまして、好い都合でございます。私は二十日ほどおくれて参ります。私は、少し都合があって妹とは別れて住みます。妹は寮舎に、私はどこか郊外に下宿でもいたしましょう。まことにごめんどうですが、どこか心あたりのところを探しておいて下さいませんか、けれどそれはついでの時でよろしいのです。また見あたらなければ見あたらなくてもいいです。散歩の時にでも少し気をつけておいて下さい。
 私はあなたや、謙さんと互いに慈みつつ、近くに、暮らすことのできるようになることをしあわせに思います。幾度も申しましたごとく、私は乱れやすく、常にものごとがなやましく、あなたやことには謙さんと同じような気分のなかにいられない時が、おそらくはしばしばあることと存じます。そのような時には、気まずさを忍んで下さい。そしてお互いの自由とわがままとを認め合いましょう。それでなくては、おのおのの成長がのびのびせず、また特色があらわれないと思います。あなたのいいたいこと、したいことは何でも私には遠慮せずに、自由にして下さい、このことは謙さんにもいっておきます。私たちは親しくなるに従って、refuse することの自由ができねばなりません。そして自分を守りつつ、仲善くいたし
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