す。そのために多くの眠らぬ夜や、たれこめて日を拝せぬ幾月を価したと聞きますね、どうぞたゆまぬ、まめやかな、旺《さか》んな表現の衝動をもって、深い、博い人性の善くなろうとするねがいを失わずに、あなたの芸術的努力をつづけて下さいまし。私はほんとにあなたの未来に驚くべきものを期待しています。あなたの年若さであなたほどのタレントに達し得た人は、失礼ですけれどまれだろうとおもわれます。けれどねがわくば健康を大切にして下さい。必ず必ず私のように病身ものになって下さらぬようくれぐれもお頼みいたしておきます。あなたが母と子との間の愛の讚美として創ろうとなさる小説をも私はなつかしく親しき心地にて期待しています。「母たちと子たち」というのはまことに私の心に適う名でございます。母様へのあなたのやさしき奉仕のお心はあなたのいつものお手紙にてよく察せられ、私はまことに尊く思っています。この頃の多くのエゴイスチッシュなほしいままな、母にそむく子たちを思えば、浅ましく荒々しく感じられてなりません。何ゆえに近代の青年は、やさしいものの心を傷つけることを深い罪と感じなくなったのでしょうか。私はさまざまの荒々しき醜き出来事について聞かされます。母親の心、乙女の心などのたやすく傷つけられるのを見ると私はたまらなくなります。私もそれまであまり大切にもしなかった母をばこの後はなぐさめ、いとしんで仕えて行かねばならぬと思います。先日私は妹と一緒に撮った写真に、別府名産の竹細工の美しい籠を添えて妹と二人で手紙を出しました。私も妹も丈夫そうに写されていましたから、母はさぞ悦ぶことと思われます。
 ペラダンの「アッシジのフランシス」はまだ読みません。この人についてはこれまで私は何事も知りませんでした。フランシスのものは少しは読みました。私はこの聖者を取扱った戯曲を数日の内に読み始めましょう。ことにフランシスとクララとのことに注意をおいて読みましょうとおもいます。私の心の混乱するのはまったく神と性との問題についての悩みのためなのです。この頃私の魂はこの煩悶のために平静を乱しておちつくことができません。私のこのもだえは二週間ほど前にお絹さんが私をたずねて来てからますます強くなりました。お絹さんは突然私をたずねて来ました。そして五日ほど私たちと一緒に暮らしました。彼女はますますはげしく私を恋い慕うようになりました。五日の
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