よめ》の輿《こし》を迎えに行ったことがあった。国境《くにざかい》でわしたちは長く待った。輿は数百の燈火《ともしび》に守られて列をつくってやって来た。あれでもない、これでもない。けれどほんとうに花嫁の輿が来たときに、わしらは皆申し合わせたようにそれを直覚した。わしの今の心持ちはそれに似ている。
俊寛 (傍白)ほんとうにわしはどうしたのだ。棺《ひつぎ》を迎えるような気がするのは!
成経 もう半時《はんとき》すればはっきり見込みがつく。この島にまっすぐに来るとしても、到着するまでには二、三時はかかるだろうけれど。
康頼 恐ろしい半時だ。わしはじっとして船を見ているのに堪《た》えられない。わしは熊野権現《くまのごんげん》の前にひざまずいて一心不乱に祈ろう。祈りの力で船をこの島に引き寄せよう。神々よ。あの船をこの島に送りたまえ。神風《かみかぜ》を起こしてあの帆《ほ》をふくらせ、水夫《かこ》の腕《うで》の力を二倍にし、鳥のごとくにすみやかにこの岸に着かしめたまえ。(鳥居《とりい》のほうに走り出そうとする)
俊寛 (康頼の袖《そで》を握《にぎ》る)待ってください。ごしょうだからわしのそばを離れずにい
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