と自暴《やけ》になってわしにあたったり、それかと思うと絶望したように、ため息をついたりなさいます。そのくせやはり毎日お参りしていらっしゃるようです。
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この時|雷《らい》のとどろくごとく、大いなる音|響《ひび》きわたる。
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成経 あゝ、また山が荒れるな。
康頼 ではあしたは雨ですぞ。あの山が荒れるときっとふもとには雨が降るのだから。
成経 あしたは船の姿《すがた》も見られますまい。雨降りの日ぐらいわしは不幸な気のすることはない。わしはあなたのように信心はなし、雨の漏《も》るあばら家で衣の袖《そで》をぬらしながら、物思いにふけると、さびしいことばかり考えられます。希望の影も見失うて、いちばんさびしいことをさえ考えますよ。……死のことをさえ。
康頼 (身ぶるいする)それを言うのはよしてください。わしはそれを考えるのを恐れているのですから。きっといい日が来ますよ。成経殿。わしたちは希望を失いますまい。権現《ごんげん》様のご利生《りしょう》でもきっと迎えの船が来て、都《みやこ》へかえることができるでしょう。
成経 それはあの山から煙の出ない日を待つよりも、はかないことかもしれない。
康頼 でもあの山で硫黄《いおう》を取って、集めてそれを漁師《りょうし》の魚や野菜と交換しなかったら、わしたちはどうして生きてゆくのでしょう。
成経 あの年に一度九州から硫黄を取りに来る船に頼んで、せめて九州の地まで行くことはできますまいか。九州の地にさえ着けばそこからは都へ通う船は多いのだから。
康頼 わしらが飛ぶ鳥も落とす清盛《きよもり》に謀叛《むほん》して、島流しになってる身であることを、知らない者はありません。とても船にのせてはくれません。島の漁師たちさえわしらを恐れて近づかぬではありませんか。
成経 何とかして商人《あきんど》をだまして九州まで行けば、どこかに隠《かく》れて時期をうかがうこともできるだろう。
康頼 草の陰《かげ》、洞《ほら》のすみを捜しても、あの清盛が見つけ出さずにはおきますまい。そうなったら今度はとても生かしてはおきますまい。
成経 (絶望したように)あゝ。わしは人間というものがこのようなさびしい、乏《とぼ》しい状態に陥《おちい》り得るものとは思わなかった。いや、それよりもかような寂寞《せきばく》と欠乏とに耐《た》えてもなお生《せい》を欲するものとは思わなかった。わしがもし死を願うことができたなら! わしはたびたびそう思うのです。もしわしがわしのただ一つの希望を失ってしまったら、も一度|都《みやこ》へ帰れるかもしれないという、かすかな、何のよりどころもないこの空想を。(悲しげに)あゝこの空想を[#「空想を」は底本では「空|想《えが》を」]描《えが》く勇気をもはや失ってしまったなら、わしは泥《どろ》のようにくずれて死んでしまうであろうと。そしてそのほうがかえって幸福かもしれないと。けれど浜辺《はまべ》に立ってたまさかに遠くの沖をかすめて通る船の影を見ると、わしには再び希望が媚《こ》びるように浮かんでくるのです。わしをからかうように、じらすように、幸福をのせてゆく船、やがて恋しいふるさとの岸辺《きしべ》に着く船、疲《つか》れた旅人はあたたかい団欒《まどい》に加わるうれしさに船を急がせているのだろう。
康頼 (顔をおおう)妻や子のことを考えるのは恐ろしい。
成経 わしの子はもう髪《かみ》を結《ゆ》うほどになっているはずです。別れる時に三つだったから。乳母《うば》の六条の膝《ひざ》にのって、いつも院の御所《ごしょ》に出仕《しゅっし》する時と同じように、何もしらないで片言《かたこと》を言ってわしに話しかけていました。門の外にはいかめしく武装した清盛《きよもり》の兵士らがわしの車を擁《よう》して待っていた。彼らのある者は剣《つるぎ》や槍《やり》で扉《と》をこわれるほどたたいて早く早くと促《うなが》していた。妻はまっさおな顔をしてふるえていた。わしの袖《そで》をつかんで、おゝ妻は妊娠《にんしん》だったのだ。わしは無礼《ぶれい》な野武士らの前にひざまずいて、乞食《こじき》のごとくに哀願《あいがん》した。ただ出発をほんの五分間延ばすことを。ただ一口妻をはげます言葉をかけてやるために、そして伜《せがれ》の頭髪《かみ》を別れのまえにも一度なでてやるために!
康頼 あゝ、わしがあの時に受けた屈辱《くつじょく》を思えば胸が悪くなる!
成経 野武士らはわしの懇願《こんがん》を下等《かとう》な怒罵《どば》をもって拒絶した。そして扉を破って闖入《ちんにゅう》し、武者草鞋《むしゃわらじ》のままでわしの館《やかた》を蹂躪《じゅうりん》した。わしはすぐ
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