生涯《しょうがい》を思えばただごとではない気がいたします。目に見えぬ悪業《あくごう》があなたの氏《うじ》につきまとっている気がいたします。静かに業《ごう》のつきるのを待ち平和な来世《らいせ》をお迎え遊ばすよう、私はひたすら祈ります。今あなたの心に起こっていることは世にも恐ろしいことでございます。あなたの来世を魔道に落とさぬよう。
俊寛 わしのこの、この骨髄《こつずい》に徹《てっ》する恨《うら》みをどうするのだ。あゝわしの受けた苛責《かしゃく》がどれほどのものだったか! わしはよい人間ではないかもしれない、だが、かほどの苛責がわしに相当しているだろうか。少なくともわしは清盛《きよもり》ほど悪虐《あくぎゃく》ではないつもりだ、彼ほど人を傷つけてはいないつもりだ。天はその清盛をどのように遇しているか!
有王 あゝ私もそれはわかりませぬ、が、清盛の積んだ悪業はきっと罰《ばち》を受ける時が来ると思います。
俊寛 あゝわしはその罰を呼び起こすのだ。その罰を七倍にしてやるのだ。彼を地獄《じごく》に引きずり落としてやるのだ。
有王 ご主人様、なにとぞお心を静めてください。清盛の懲罰《ちょうばつ》は魔王《まおう》に任《まか》せてください。この世では記録にないほどの恐ろしい苛責《かしゃく》を受け、死後もまた地獄《じごく》におちて永劫《えいごう》につきない火に焼かれなくてはならなかったら!
俊寛 たとえ地獄の火に焼かるるとも清盛《きよもり》を呪《のろ》い殺さずにはおかないぞ。彼を火の中に呪い落として永劫に責《せ》めさいなまずにはおかないぞ。
有王 (耳をおおう)あゝ恐ろしい。仏様が主人の心をお静めくださるよう!
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沈黙。あらしの音が過ぎる。
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俊寛 有王よ。お前は都《みやこ》へ帰ってくれ。
有王 (驚く)ご主人様。何をおっしゃいます。
俊寛 お前はまだ若い。わしとともにこの島で朽《く》ち果てさすに忍《しの》びない。都へ帰ってよき主に仕え、世に出る道を計《はか》ってくれ。
有王 私は世をいといます。この島で一生あなたに仕えるほか何の望みも持ちません。
俊寛 都へ帰れ。都へ帰れ。
有王 私は死ぬまであなたを養い守ります。
俊寛 わしはお前にとっていい主人ではなかった。お前にな
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