も、清盛が草をかきわけても捜し出さずにはおきませぬ。
俊寛 ただ一太刀《ひとたち》! わしの憎《にく》みを清盛《きよもり》の肉にただ一太刀|刻《きざ》みつけるために!
有王 (つくづくと俊寛を見る)あゝご主人様何ごとも時でございます。われわれの運は去りました。
俊寛 (倒れんとす)
有王 (俊寛を支えあわれみに堪《た》えざるごとく)お気をたしかに! 栄枯盛衰《えいこせいすい》は人間の力に測《はか》りがたき天のさだめでございます。今時を得て全盛の極《きわ》みにある平家の運命もいつかはきっとつきる時が来るでしょう。
俊寛 (夢中にて)残っている! まだわしの腕《うで》に力が残っている。
有王 一人や二人の力で刃向こうても、今時を得ている平氏をくつがえすことはできませぬ。天が平氏を滅《ほろ》ぼすのを待ちましょう。
俊寛 清盛よ、お前がわしに課した苛責《かしゃく》の価《あたい》をお前に知らさずにはおかぬぞ!
有王 あの清盛の前代|未聞《みもん》の暴逆《ぼうぎゃく》が天罰を受けずにはおきますまい。
俊寛 今わしが流すこのあぶらのような涙をお前の歓楽の杯《さかずき》に注ぎ込んで飲まさずにはおかぬぞよ。
有王 無間地獄《むげんじごく》の苛責とても今のあなたの苦しみにまさりはいたしますまい。
俊寛 この苦しみを倍にして、七倍にしてきっとお前に報《むく》いるぞ! わしの足がまだわしの体を支える限りは。えゝ。船を出せ。船を!
有王 (力つきたるごとく、ぐったりとして)船はとても得られませぬが。
俊寛 たとえ生きながら龍となって大海を越ゆるとも! (衣を裂《さ》く)わしは憎む。わしは憎む。(狂うごとく)えゝ、この頭が張り裂《さ》けるわい! (ほとんど無意識に頭を岩かどに打ち当てんとす)
有王 (まっさおになり、俊寛を抱《だ》き止める)ご主人様。ご主人様。
俊寛 (有王の腕《うで》の中にて)清盛《きよもり》よ。わしの死骸《しがい》をお前の死骸に重ねるぞ! (失神して倒れる)
有王 (俊寛を抱《だ》きかかえたるまま)ご主人様、お気をおたしかに! あゝ、いたわしや。あまりに苦しみがすぎました。鬼神《きじん》もおあわれみくだされい。かかる苦しみが歴史の記録にもありましょうか。
俊寛 (われに返り、抱かれたるまま、無限の感情をこめて)あゝ、有王よ。
有王 ご主人様。気をおたしかに! 有王は最後まで
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