く)助けてくれ。
康頼 (躊躇《ちゅうちょ》す)
基康 (いらだたしく)船を出せ!
康頼 待ってくれ。(俊寛を押し放《はな》ち船に乗る)
俊寛 (よろめく)あゝわしは。待ってくれ!
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家来船を止めんとす。
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基康 (声を励《はげ》ます)出発しろ。
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船動く。
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俊寛 基康殿。わしは犬のごとくひれ伏してあなたに乞《こ》う。わしをただ九州の地までつれて帰ってくれ。
基康 (顔をそむける)
成経 俊寛殿、きっと迎えにまいります。
康頼 心を確かに俊寛殿。わしは誓《ちか》ってもいい。きっと迎えをよこすことを。(無意識にふところより法華経《ほけきょう》を取り出す)誓いのしるしにこの法華経をあなたにのこします。わしのただ一つの慰《なぐさ》めであったこの経を。わしのかたみに!
俊寛 (法華経《ほけきょう》を引き裂《さ》く)
基康 (声を励まし)すぐ出せ!
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船、岸を離る。
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俊寛 (船にすがりつく)わしもつれて帰ってくれ。(船、動く。俊寛水の中に浸《ひた》る)待ってくれ。(船、動く。俊寛水に浸りたるまま、一間ばかり船に引きずられてゆく)
基康 手を放《はな》させろ。
家来 (俊寛の手をつかんで放す)
俊寛 (またしがみつく)
基康 (刀を抜き背《むね》にて俊寛の手を打つ。俊寛、手を放す)急いで漕《こ》げ。
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船、岸を離れる。
[#ここで字下げ終わり]
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俊寛 (ずぶぬれになったまま)船を戻《もど》せ! 船を戻せ!
基康 (家来に)急げ。(俊寛に)わしのせいではないぞ。
成経 きっと迎えにまいりますぞ。
康頼 ゆるしてくれ。ゆるしてくれ。(手を合わす)
俊寛 助けてくれ! わしを一人残すほどなら、むしろわしを殺してくれ。
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答えなし、船退場。
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