てくれ。わしは考えて見たいから。
基康 船を止めろ。(家来船を止める)
俊寛 (不安の極に達し)康頼殿、わしはあなたを信じますぞ。
康頼 (苦しみに堪えざるごとく)神々よ。わしに力を与えてください。
基康 船を出せ。(船動く)
康頼 待ってくれ。わしは迎えをお受けする。
俊寛 (まっさおになる)康頼殿、あなたもか※[#疑問符感嘆符、1−8−77]
康頼 俊寛殿、ゆるしてください。わしはあなたのそばにいたい。最後まであなたの慰《なぐさ》めの友でありたい。けれど、わしは今自分を支えることができなくなった。あなたはわしがどれほど故郷《こきょう》を慕《した》っていたか知っていられよう、そのために頼むべからざるものをも頼みとしていたことを。熊野神社《くまのじんじゃ》に日参《にっさん》したことも、千本の卒都婆《そとば》を流したことも。今やその日が来た。ほとんど信じられない夢のような日が。けれどわしはあなたをあわれむあまり、今の今まで堪《た》えてきた。けれど今はわしの力もつきたような気がする。この船を逸《のが》したら二度と機会は来ないかもしれない。あの荒れた乏《とぼ》しい、退屈な、長い長い日が無限につづくことを思えばたまらない。わしはこの船が地獄《じごく》に苦しむ罪人を迎えに来た弘誓《ぐぜい》の船のような気さえしているのだ。
俊寛 (康頼の袖《そで》をつかむ)永久に地獄《じごく》に残るわしの運命を思ってくれ。それもただ一人で! あゝ考えてもぞっとする。残ってください。残ってください。
康頼 わしが帰ったらきっと清盛《きよもり》殿に取りはかろうて迎えの船を送ります。それを信じて待ってください。
俊寛 それがあてになるものか。このたびの処置で清盛がわしをどれほど憎《にく》んでいるかがわかる。わしはこの島にただ一人残って船の姿《すがた》が見えなくなる瞬間が恐ろしい。わしの命がその瞬間を支え得るとは思われない。
康頼 きっと迎えにまいります。その日を待ってください。わしを帰らせてくれ。
俊寛 (康頼を抱《だ》く)残ってくれ、残ってくれ。
康頼 (苦悶《くもん》の極に達す)あゝ。神々よ。
基康 船を出せ!
康頼 待ってくれ。(決心す)わしは帰らねばならない。(俊寛を放《はな》す)
俊寛 わしを無間地獄《むげんじごく》に落とすのか。
康頼 ゆるしてくれ、ゆるしてくれ。
俊寛 (康頼にしがみつ
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