ったほうがあなたの役目にもかないはしますまいか。はるばるこの島まで来たことがむだにならないためにも。
基康 (黙ってしばらく考える。やがて信ずるところあるがごとく)では念のため、も一度だけお尋《たず》ねする。ご両人俊寛殿を残しては都《みやこ》へ帰る気はありませぬな。
成経 俊寛殿を一人残してわしだけ帰る気はありません。
康頼 わしは友を見捨てるに忍《しの》びません。
基康 では三人の意志はたしかに聞き届けました。都にたち帰ってその旨《むね》を清盛《きよもり》殿に伝えましょう。
俊寛 (恐怖を隠《かく》そうとつとめつつ)それではあなたの役目がたちますまいが。
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成経と康頼、基康を凝視《ぎょうし》す。
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基康 わしはこの命令の執達吏《しったつり》にすぎないのだ。わしは清盛殿の意志をあなたがたにお伝えすればそれでいいのだ。あなたがたがそれを受けようと受けられまいと、それはわしの立ち入る限りではない。
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三人沈黙す。
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基康 (家来に目配《めくば》せす)出発のしたくをしなさい。
成経 (狼狽《ろうばい》す)しばらくお待ちください。
康頼 そのように急がれるにはおよびますまい。
基康 (冷ややかに)あなたがたの意志を聞いた以上は、もはやわしの役目はすんだというものだ。わしは片時《かたとき》も早くこの荒れた島から離れたい。何か都《みやこ》にことづてはありませんか。わしがあなたがたへのただ一つの親切にそれを取りついであげましょう。あゝわしは忘れるところだった。都をたつ時あなたがたにことづかった物があった。故郷《こきょう》からの迎えの使いを拒絶《きょぜつ》するほどのあなたがたに、たいした用はないかもしれんが。(家来に)かの品を。
家来 (文《ふ》ばこを基康に渡す)
基康 (文ばこを成経と康頼に渡す)
成経 (ふるえる手にて文ばこを開き、手紙を手に取り裏を返し、表を返しして見る。おのれを制することあたわざるごとく)母上の手蹟《しゅせき》だ。(感動に堪《た》えざるごとく)あゝ。
康頼 (手紙を握《にぎ》りしめ)わしはどんなに飢《う》えていたか!
俊寛 (
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