たす方法は、いかなる場合にも文書の文字どおりに行使《こうし》することだということを。わしはもう長い間そういうことに決めているが、やはりいちばん無難《ぶなん》なようだ。それにも一度この島に来なければならないことになれば、わしは上役に懇願《こんがん》して、このありがたくない役目をだれかに代わってもらうこともできるだろう。
俊寛 しかしそれは区々《くく》たる小役人《こやくにん》のすることだ。大いなる役人は文書の意のあるところをくみとるべきだ。
基康 (皮肉に)あなたは初めからわしをあまりに高い身分のものと買いかぶりすぎたようだ。わしは平凡な、一人の役人にすぎない。またそうでなくてだれがこんな役目をおおせつかるものか。わしは実際今度の役目にはこりごりした。わしは疲《つか》れている。わしは一日も早くこの役目を果たして、都へ帰りたいと願うほかには何も考える気はなくなっている。
俊寛 しかしわしにとっては大きな大きな問題だ。わしの一生の運命が決まるのだ。
基康 わしはその大きな問題を引き受けるにはあまりに地位も低く、力が乏《とぼ》しい。
俊寛 わしをあわれんでくれ。
基康 わしはあなたに同情する。しかしわしの一身の安全も計《はか》らずにはいられない。
俊寛 (嘆息する)あゝ、あなたは悪い人間ではない。しかしただそれだけにすぎない。
基康 成経殿、康頼殿、出発のしたくをなされい。
成経 わしからあなたに改めてお願いする。なにとぞ、俊寛殿をもわれわれといっしょに都《みやこ》へ連れ帰っていただきたい。
康頼 われわれは長い間この島で困苦をともにしました。今俊寛殿だけをこの島にひとり残して帰るに忍《しの》びません。
基康 あなたがたの気持ちはあなたがたとしてしごくもっともに思われる。しかしわしの立場としては前いったことをくり返すほかはない。
成経 あなたの立場はわからないではありません。だがこのわれわれにとって千載一遇《せんざいいちぐう》の非常の時機に際して、あなたの一身の安全をはかるよりほかに、われわれのためにあえてしていただくことは願えないものであろうか。
基康 (不愉快そうに)わしには妻子があるのだ。わしの思いだす限りでは一家の安全をかけてまで、あなたがたのためにつくさねばならぬほどの恩を受けてもいないようだ。
成経 しかし、あなたにとっては一家の運命を賭《と》するほどの大事とは思
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