ていよう。檻《おり》につないだ二頭の獣《けもの》の間に食物を投じればどうなるかということを! それとあなたがたとどこが違うのか。あゝ、わしが今見たことは恐ろしいことだ。(泣く)
成経 (涙ぐむ)康頼殿。あまりに心を痛めないでください。わしは優《やさ》しいあなたの心を傷《きず》つけたのを悔《く》いる。あなたはどんなにいい友だったろう。わしの寂寞《せきばく》はいつもあなたの平和な、あたたかい友情でなぐさめられているのだ。わしの今したことをあなたに恥じる。(康頼の肩に手をおく)わしはもはや決してあなたの目に荒々しいふるまいは見せまい。このやさしいあなたの心の平和を保つだけにでも! 許してください。
俊寛 わしをきらってくれ、きらってくれ。わしはそれに相当している。わしは荒々しい人間だ。わしは平和を恵まれない人間だ。どうぞわしを捨ててくれ。憎《にく》んでくれ。あなたがたは仲よく慰《なぐさ》め合って暮らしてくれ。わしはそれを望む。わしはそれをねたんではならない。(慟哭《どうこく》す)
康頼 (俊寛を抱《だ》く)俊寛殿。わしはあなたを悪い人とは思いません。あなたは憎《にく》むべき人ではない。むしろあなたは感じやすい心を持っていられる。もしあなたが荒々しくなったとしたら、それはあなたがあまりに不幸だからだ。
成経 (和解を求めるように)そうだ。われわれはこの上もなく不幸なのだ! その不幸を三人で分け持たなくてはならない。われわれの心が少しでもかろくなるために、われわれが苦しみに負けてくずれてしまわないために、力をあわせなくてはならないのだ。
俊寛 (嘆息する)わしはあなたがたがだんだんわしをきらうようになるような気がする。そしてそうなるのは無理はないと思う。わしは実際いっしょに暮らしよい人間ではない。自分でそれを認める。わしはきらわれてもしかたがない。あゝ、しかしわしはさびしいのだ。きらわれたくはないのだ。愛されたいのだ。それだのにわしは荒いことを言う、ひねくれたことを考える。気まぐれな小鬼《こおに》めがわしの生命中に巣を食《く》っているようだ。わしの気質は自分の自由にならないのだ。わしは孤立無縁《こりつむえん》の霊魂《れいこん》だ。人とやわらぐことのできない粗野《そや》な性格だ。わしはわしを呪《のろ》う。わしを憎《にく》む。おゝわしをあわれむ。
康頼 俊寛殿。心を平らかにしてく
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