た人の世の感じは、どこにも見えないような気がする。(飲みほす)この杯はだれにやろう。(見回す)かえで、かえで。小さいかえでに。(杯をかえでにさす)
かえで おおきに。(心持ち頭を傾け、杯を受け取る)
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仲居酒をつぐ。かえでちょっと唇《くち》をつけて下に置く。
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善鸞 かえで、何か歌っておきかせ。
かえで 私はいやですわ。ねえさんたちがたくさんいらっしゃるではありませんか。
善鸞 いやお前でなくてはいけないのだ。
太鼓持ち さあ、所望じゃ、所望じゃ。
かえで しょうがないのね。(子供らしい声で歌う)
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浅香三味線をひく。
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萩《はぎ》、桔梗《ききょう》、なかに玉章《たまずさ》しのばせて、
月は野末に、草のつゆ。
君を松虫夜ごとにすだく。
ふけゆく空や雁《かり》の声。
恋はこうした……
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善鸞 もうよい。もうよい。(堪えられぬように)おゝ、あの口もとの小さなこと。
浅香 (まだ三味線を
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