すわね。私はお酒によって泣く人はいやだわ。
遊女三 ほんとうに私は時々気味が悪くなってよ。このあいだも私がお酒のお相手をしていたら、妙に沈んでいらしたが、私の顔をじっと見て、私はお前がかわゆいかわゆいと言って私をお抱きなさるのよ。それが色気なしなのよ。
遊女一 気が狂うのではないかと思うと、一方ではまたしっかりしたところがあるしね。
遊女二 私は始め少し足りないのではないかと思ったのよ。ところがどうして、鋭すぎるくらいしっかりしているのよ。めったな事は言われませんよ。
遊女三 なにしろ好いたらしい人ではありませんね。
遊女一 そんな事をいうと浅香さんがおこりますよ。
遊女二 浅香さんと言えば、あのかたにひどく身を入れたものね。あのおとなしい浅香さんがどうしてあのようなかたが好きなのでしょうね。
遊女三 それは好きずきでしかたはないわ。あなたならあのこのあいだ善鸞様の所に見えた、若い、美しい坊様のほうがお気に召しましょうけれどね。
遊女二 冗談ばっかし。(打つまねをする)あれはかえでさんよ。
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歌う声。話し声。人々の足音が聞こえる。
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遊女一 こちらにいらっしゃるようよ。
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善鸞、浅香とかえでと太鼓持ちと仲居を従えて登場。
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太鼓持ち これはしたり。おのおのがたにはここに逃げ込んでいられたか。
善鸞 私たちをまいて[#「まいて」に傍点]、ここに来て内緒でよい事をしたのかい。はゝゝゝ。
太鼓持ち ひそひそ話はひらに御容赦。
遊女一 (善鸞に)あなたこそおたのしみ。
遊女二 私たちがいてはお邪魔と思って気をきかしてあげたのですわ。
善鸞 これは恐れ入ったな。
太鼓持ち 恐れ入りやのとうさい[#「とうさい」に傍点]坊主。
善鸞 坊主とはひどいな。はゝゝゝ。
太鼓持ち これはとんだ失礼。(自分の頭を扇子で打つ)
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一同笑う。
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善鸞 黙って逃げた罰にもっとお酒を飲ましてやるぞ。おい酒を持って来い。
仲居 はいかしこまりました。(行こうとする)
浅香 もうお酒はおよしあそばせ。おからだに毒です。ゆうべから飲みつづけではありませんか。
善鸞 この私に摂生を守れと言ってくれるかな。お前は貞女だな。はゝゝゝ。ここで川の景色を見つつ飲み直そう。さっきのお前の陰気な話で気がめいった。(仲居に)すぐに持って来い。
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仲居退場。
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浅香 ほんとうにもうおよしなさればいいのに。好きでかなわぬ酒でもないのに。
善鸞 私は飲んで飲んで私のからだを燃やし尽くすのだ。からだで火をともして生きるのだ。火が消えるとさびしくてしようがないのだよ。
浅香 でもほどがありますわ。
善鸞 さびしさにはほどがないのだよ。魂の底までさびしいのだよ。
浅香 そのさびしさを慰めるために私たちがついているのではありませんか。
善鸞 うむ。お前たちは私に無くてはならぬものだ。お前たちがなくては生きられない。そのくせお前たちと遊んでいるとまたよけいさびしくなるのだ。浅香、お前はいつもさびしい顔をしているね。きょうはもっと陽気になってくれ。
浅香 でも私の性分なんですからしかたがありませんわ。
善鸞 きょうは皆騒ぐのだよ。何もかも忘れてしまうのだよ。さびしくても、楽しいものと無理に思うのだよ。人生は善《よ》い、調和したものと無理にきめるのだよ。(声を高くする)さあ今世界は調和した。人と人とは美しく従属した。人の心の悪の根が断滅した。不幸な人は一人もいない。みんな喜んでいる。みんな子供のように遊んでいる。あゝ川が流れる、流れる。ゆるやかに、平和に。(川を見入る)
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仲居、酒、肴《さかな》、その他酒宴の道具を運ぶ。
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善鸞 さあ、皆飲んだ、飲んだ。(遊女に杯をさす)
遊女一 もう堪忍《かんにん》してくださいな。
遊女二 私は苦しくてしょうがないわ。
善鸞 いやどうあっても飲ませねばいけないのだ。
太鼓持ち 君命もだし難く候《そうろう》ほどに。
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仲居遊女たちに酒をついでまわる。
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善鸞 (杯を手に持ちて)このなみなみとあふれるように盛りあがった黄金色《こがねいろ》の液体の豊醇《ほうじゅん》なことはどうだろう。歓楽の精をとかして流したようだ。貧しい、欠け
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