国を行脚《あんぎゃ》している時でしたがね。お師匠様は道に倒れて泣き入られましたよ。
良寛 ではほんとうに生き別れだったのですね。
慈円 はい。(衣の袖で涙をふく)
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両人しばらく沈黙。
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良寛 まだ夜はなかなか明けますまいな。
慈円 まだ夜中過ぎでございます。
良寛 寒くてとても眠られそうにはありませんね。
慈円 でも少しなと眠らないとあすの旅に疲れますからね。
良寛 では少し眠ってみましょうか。
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両人横になり目をつむる。
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左衛門 (うなる)うーむ。うーむ。
お兼 (身を起こす)左衛門殿。左衛門殿。(左衛門をゆり起こす)
左衛門 (目をさます)あゝ、夢だったのか。(あたりを見回し、ぼんやりしている)
お兼 あなたたいへんうなされましたよ。
左衛門 あゝこわい夢を見た。
お兼 私はちょっとも寝つかれないでうつらうつらしていたら、急にあなたが変な声をしてうなりなさるものだからびっくりしましたわ。
左衛門 ふむ。(考えている)
お兼 私は気味が悪かったわ。あなたが目をさますと、私を見た時にはそれは恐ろしそうな顔つきでしたよ。
左衛門 恐ろしいというよりも不気味《ぶきみ》な、たちの悪い夢だった。魂の底にこたえるような。(まじめな顔をして、夢をたどっている)
お兼 どんな夢ですの。話してください。私も気にかかる事があるのですから。
左衛門 (寝床の上にすわる)わしが鶏をつぶしている夢を見たのだよ。薄寒いような竹やぶの陰だったがね。わしはそこらにころがっている材木の丸太に片足かけ片手で鶏の両の翼と首とをいっしょに畳み込んで、しっぽや胴の羽を一本一本むしっていた。鶏は痛いと見えて一本抜くたびに足をひきつけて、首をぐいぐいさせてるけれど首をねじてあるのだから鳴く事はできないのだ。見る見る胴体から胸のほうにかけて黄色いぽツぽツのある鳥肌《とりはだ》がむきだしになった。その毛の抜けた格好のぶざまなのが、皮肉なような、残酷な感じがするものでね。
お兼 まあいやな。あなたがいつも鶏をつぶしなさるから、そのような夢を見るのですわ。
左衛門 ところで今度はあの翼を抜かねばならない。わしは片方の翼と足とを捕《つ
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