てくださいまし。
親鸞 心配なさるな。私はむしろあの人は純な人だと思っていますのじゃ。
慈円 あまりひど過ぎると思います。
良寛 (涙ぐむ)お師匠様。私はなさけなくなってしまいました。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]――黒幕――

      第二場

[#ここから3字下げ]
舞台一場と同じ。夜中。家の内には左衛門、お兼、松若三人|枕《まくら》を並べて寝ている。戸の外には親鸞石を枕にして寝ている。良寛、慈円雪の上にて語りいる。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 夜がふけて来ましたな。
良寛 風は落ちましたけれど、よけいに冷たくなりました。
慈円 足の先がちぎれるような気がします。(間)お師匠様はおやすみでございますか。
良寛 さっきまで念仏を唱えていられましたが、疲れて寝入りあそばしたと見えます。
慈円 すやすやと眠っていられますな。
良寛 お寝顔の尊い事を御覧なさいませ。
慈円 生きた仏様とはお師匠様のようなかたの事でしょうねえ。
良寛 私はおいとしくてなりません。(親鸞の顔に雪がかかるのを自分の衣で蔽《おお》うようにする)
慈円 なかなかの御苦労ではございませんね。
良寛 私は若いからよろしいけれど、お師匠様やあなたはさぞつろうございましょう。おからだにさわらなければようございますが。(親鸞のからだに手を触れて)まるでしみるように冷たくなっていられます。
慈円 この屋の家内は炉のそばで温《あたた》かく休んでいるのでしょうね。
良寛 主人はあまりひど過ぎますね。酒の上とは言いながら。
慈円 縁の先ぐらいは貸してくれてもよさそうなものですにね。
良寛 私は行脚《あんぎゃ》してもこのような目にあったのは初めてです。
慈円 お師匠様を打つなんてね。
良寛 私はあの時ばかりは腹が立ってこらえかねましたよ。お師匠様がお止めなさらぬなら打ちのめしてやろうと思いました。
慈円 あの手が腐らずにはいますまい。(間)お師匠様の忍耐強いのには感心いたします。私は越路《こしじ》の雪深い山道をお供をして長らく行脚《あんぎゃ》いたしましたが、それはそれはさまざまの難儀に出会いました。飢え死にしかけた事もありますし、山中で盗賊に襲われたこともありますよ。親知らず、子知らずの険所を越える時などは、岩かどでお足をおけがなされて、足袋《
前へ 次へ
全138ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング