ゃいませんでしたもの。
僧二 まさか遊女と恋せよとはおっしゃらなかったでしょう。
唯円 けれど遊女だからといって軽蔑《けいべつ》してはいけないとおっしゃいました。
僧一 当流では妻帯をいとわないとはいっても、それはおもてむきの結婚をした男と女との事です。男女の野合をゆるすのではありません。ことに遊《あそ》び女《め》とかくれ遊びをするのが、いいか悪いかぐらいの事はわかりそうなはずと思います。
唯円 かくれ遊びをしたのはまったくいけませんでした。あやまります。もう二度といたしません。許してください。私はこのごろいつも考えているのです。けれどどのような男女の関係がいちばんほんとうなのかわからなくなるのです。あるいは野合のようなのが実はいちばん真実なのではないかと思われることもあります。
僧二 あなたには驚かされます。
唯円 私はあの女といっしょになるつもりです。
僧三 あの遊《あそ》び女《め》と?
唯円 はい。もう堅く夫婦約束をいたしました。
僧二 よくま顔でそんな事が言えますね。
僧一 あなたはとくと考えましたか。
唯円 はい。夜も眠れないで考えました。
僧二 そしてその結果がこの決心に到着したというのですね。この淫縦《いんじゅう》な決心に。あきれます。私は浅ましい気がいたします。あなたは何かに憑《つ》かれているのではありませんか。
僧三 破戒だ。おそろしい。(間)これはまったく悪魔の誘惑にちがいない。
唯円 (ため息をつく)
僧一 唯円殿、私はしつこくは申しますまい。私はあなたの一すじな気質を知っていますからな。私はきょうまであなたを愛していたつもりじゃ。ただも一度だけ申します。考えてみてください。静かに、心を落ち付けて。あなたは興奮していられる。恋は知恵者の目をも曇らすものだでな。私はお寺のため、法のためを思わずにはいられませぬ。また何百という若いお弟子《でし》たちのことを慮《おもんぱか》らねばなりませぬ。あの迷いやすい羊たちの群れをな。若い時の心はわしも知っている。あなたが女を恋しく思われるのを無理とは思いませぬ。その儀ならば、幸いに当流は妻帯をいとわぬことゆえ、しかるべき所から、良家の処女を申し受けても苦しくない。私に心当たりもあります。しかし素性も知れぬ遊女とはあまり理不尽と申すものです。世間ではこのごろ当流の安心《あんじん》は悪行をいとわぬとて非難の声が高い
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