に心がひかれたのらしいのです。私をお呼びなさるもあなたの身辺の御様子が何くれとなく聞きたいためなのですよ。
親鸞 実は私もあの子の事はいつも気になっているのだ。ことにあの子の母の事を思い出すと時々たまらなくなることもあるのだ。あの子の不幸なのも私に罪があるような気がしてな。
唯円 私はその事についてもきょう善鸞様から伺いました。
親鸞 善鸞はなんと言いましたか。
唯円 何事も人生の悲哀と運命だ。父を責める気はないとおっしゃいました。
親鸞 ふむ。(考える)やはり私の罪――過失だよ。そう言うことを許してもらえるなら。朝姫をも――あの子の母の名だよ――私は隣人として取り扱う気だったのだ。けれどついにそうはゆかなくなったのだ。私が弱かったのだ。おとなしい、けれどもいちずな朝姫の熱いなさけにほだされたのだ。北国の長い巡礼で私の心は荒野のようにさびしくなっていたからな。私はなぜなくなった玉日の記憶を忠実に守って独《ひと》りで暮らすことができなかったのであろうか。それを思うと自分を責める心に耐えない。私は苦しい。
唯円 …………
親鸞 けれど朝姫は責めるにはあまりに善良な温和な女だったよ。弱々しい感じを与えるほどだったよ。その裏には強い情熱がかくれていたけれどね。私が京に帰るときにどんなにはげしく泣いたろう。
唯円 もうおかくれあそばしたのですってね。
親鸞 うむ。(間)私はもう幾人《いくたり》愛する人に死なれたか知れない。慈悲深い法然《ほうねん》様や貞淑な玉日や、かいがいしいお兼さんや――
唯円 あの孝行な御嫡男《ごちゃくなん》の範意《はんい》さまや。
親鸞 (目をつむる)みんな今は美しい仏様になっていられるだろう。そして私たちを哀れみ護《まも》っていてくださるだろう。生きているうちに私の加えたあやまちは皆ゆるしていてくださるだろう。
唯円 逝《ゆ》くものをさびしく送ったこころで、残るものは仲よくせねばならぬと思います。それにつけても善鸞様を一日も早くゆるしてあげてくださいまし。
親鸞 私はゆるしているのだよ。あの子を裁くものは仏様のほかには無いのだ。
唯円 では会ってあげてくださいまし。
親鸞 …………
唯円 お師匠様。あなたはほんとうは会いたいのでございましょう。
親鸞 会いたいのだ。(声を強くする)放蕩《ほうとう》こそすれ私はあの子の純な性格も認めて愛しているのだ。私は
前へ 次へ
全138ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング