るなら。あなたはずっと前にあなたの生涯《しょうがい》の運命をきめるあぶない時に、今と同じ別れ道にお立ちなされたのではありませんか。おいとしいあなたの恋人と、おとなしいお従弟《いとこ》との一生の平和を守ってあげねばならないときに、あなたはお弱うございました。人をも身をも傷つけたとあなたは私におっしゃいました。なぜあの時泣いて耐え忍ばなかったろうと、あなたは幾度後悔なすったでしょう。たったきょうの昼間です。あなたが初めて、あなたの悲しい物語を私に打ち明けてくだすったのは。あなたは私の膝《ひざ》の上でお泣きなされました。まだ涙もかわかぬくらいです。その時あなたは私があわれな父母の犠牲になっている事をほめてくださいました。他人をしあわせにするために、苦しさを忍べとおしえてくださいました。
善鸞 お前は私の言葉をそのまま繰りかえすのだ。
浅香 (泣く)あなたに鞭《むち》をあてるのです。私のことばの強そうなこと。
善鸞 私の良心の代わりになってくれたのだ。
浅香 おいとしい善鸞様。
善鸞 そうだ。私は強くなければならない。かわゆいやつ。(浅香を強く抱く。舞台回る)
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第二場
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親鸞聖人居間
清楚《せいそ》な八畳、すみに小さな仏壇がある。床に一枚《いちまい》起請文《きしょうもん》を書いた軸が掛かっている。寝床のそばに机、その上に開いた本、他のすみに行灯《あんどん》がある。庭には秋草が茂っている。
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人物 親鸞《しんらん》 唯円《ゆいえん》 僧二人 小僧一人
時 同じ日の宵《よい》
親鸞寝床にすわって僧二人と語っている。
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僧一 ではやはりお会いなさいませぬのですな。
親鸞 うむ。(うなずく)
僧二 私もせっかくそのほうがよいと思っていたのです。
僧一 同行衆《どうぎょうしゅう》の間にいろいろな物議が起こってはおもしろくありませんからな。
僧二 口さがない世の人々はどのようなうわさを立てるかわかりません。また若い弟子《でし》たちのつまずきになってはならぬと思います。
僧一 若い弟子たちの間にはだんだんと素行の乱れたものもできだしたようでございます。木屋町のあるお茶屋から出て来るのを見たと申すものもございます。
僧二 世間ではそ
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