みつづけではありませんか。
善鸞 この私に摂生を守れと言ってくれるかな。お前は貞女だな。はゝゝゝ。ここで川の景色を見つつ飲み直そう。さっきのお前の陰気な話で気がめいった。(仲居に)すぐに持って来い。
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仲居退場。
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浅香 ほんとうにもうおよしなさればいいのに。好きでかなわぬ酒でもないのに。
善鸞 私は飲んで飲んで私のからだを燃やし尽くすのだ。からだで火をともして生きるのだ。火が消えるとさびしくてしようがないのだよ。
浅香 でもほどがありますわ。
善鸞 さびしさにはほどがないのだよ。魂の底までさびしいのだよ。
浅香 そのさびしさを慰めるために私たちがついているのではありませんか。
善鸞 うむ。お前たちは私に無くてはならぬものだ。お前たちがなくては生きられない。そのくせお前たちと遊んでいるとまたよけいさびしくなるのだ。浅香、お前はいつもさびしい顔をしているね。きょうはもっと陽気になってくれ。
浅香 でも私の性分なんですからしかたがありませんわ。
善鸞 きょうは皆騒ぐのだよ。何もかも忘れてしまうのだよ。さびしくても、楽しいものと無理に思うのだよ。人生は善《よ》い、調和したものと無理にきめるのだよ。(声を高くする)さあ今世界は調和した。人と人とは美しく従属した。人の心の悪の根が断滅した。不幸な人は一人もいない。みんな喜んでいる。みんな子供のように遊んでいる。あゝ川が流れる、流れる。ゆるやかに、平和に。(川を見入る)
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仲居、酒、肴《さかな》、その他酒宴の道具を運ぶ。
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善鸞 さあ、皆飲んだ、飲んだ。(遊女に杯をさす)
遊女一 もう堪忍《かんにん》してくださいな。
遊女二 私は苦しくてしょうがないわ。
善鸞 いやどうあっても飲ませねばいけないのだ。
太鼓持ち 君命もだし難く候《そうろう》ほどに。
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仲居遊女たちに酒をついでまわる。
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善鸞 (杯を手に持ちて)このなみなみとあふれるように盛りあがった黄金色《こがねいろ》の液体の豊醇《ほうじゅん》なことはどうだろう。歓楽の精をとかして流したようだ。貧しい、欠け
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