女性の諸問題
倉田百三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)原型《ウールティプス》だ。

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)さとり[#「さとり」に傍点]の極意

×:伏せ字
(例)彼女は実に、××に懸想し奉った
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     一 女性と信仰

 男子は傷をこしらえることで人間の文明に貢献するけれども、婦人はもっと高尚なことで、すなわち傷をくくることで社会の進歩に奉仕するといった有名な哲人がある。この人間の文化の傷を繃帯するということが、一般的にいって、婦人の天職なのではあるまいか。
 何といっても男性は荒々しい。その天性は婦人に比べれば粗野だ。それは自然からそう造られているのである。それは戦ったり、創造したりする役目のためなのだ。しかしよくしたもので、男性は女性を圧迫するように見えても、だんだんと女性を尊敬するようになり、そのいうことをきくようになり、結局は女性に内側から征服されていく。社会の進歩というものは、ある意味で、この男性が女性の霊の力に征服されてきた歴史なのだ。
 働きのある立派な男子は女性を虐げて喜ぶものではない、かえって婦人のいうことをよくきくものだ。アメリカの禁酒法案が通過して、あのように長く行なわれたのも、婦人の道徳性の内からの支配力がどんなに強いかの証拠であって、男子にとっては実はこれは容易でない克己がいるので、苦い顔をしながらも、どうも婦人のいうことをきかずにはおれぬのである。それが文明というものの面白いところである。正面から向かってくれば、男子が女性をふみにじるのはわけはない。しかし精神の力、心霊の感化力で訴えられると男子は兜をぬがずにはいられない。それでもなお女性をふみにじる者は獣だ野蛮人だ。そういう者は男性の間で軽蔑せられ、淘汰されて滅びて行く。
 だから女性の人生における受持は、その天賦の霊性をもって、人生を柔げ、和ませ、清らかにし、また男子を正義と事業とに励ますことであろう。
 がその女性の霊性というものは、やはり宗教心まで達しないと本当の光りを放つことは期待できない。霊性というものも粗鉱や、粗絹のようなもので、磨いたり、練ったりしなくては本当の光沢は出ないものである。仏教では一切衆生悉有仏性といって、人間でも、畜生でも、生きているものはみな仏になるべき性種をそなえているという。ただそれを磨き出さなければならない。
 現代では、日本の新しい女性は科学と芸術とには目を開いたけれども、宗教というものは古臭いものとして捨ててかえりみなかったが、最近になって、またこの人性の至宝ともいうべき宗教を、泥土のなかから拾いあげて、ふたたび見なおし、磨き上げようとする傾向が興ってきたのは、よろこばしいことである。
 女性に宗教心のないのは「玉の杯底なきが如し」である。信心の英知の目をみ開いた女性ほど尊いものはないのである。そうでないとどんなに利口で、才能があり、美しくても何か足りない。しかも一番深いものが足りない。また普通にいって品行正しい、慈愛深いというだけでもやはりいま一息である。その正しいとか、いつくしみとかいうものが信仰の火で練られて、柔くなり、角がとれ、貧しくならねばならない。
 信仰というものがなくては女性として仕上げができていないということを忘れてはならない。信仰を古いもの不要のものとして捨てて、かえりみないということは本当に浅はかなことなのである。
 また信仰をモダンとか、シイクとかいうような生活様式の趣味や、型と矛盾するように思ったり、職業上や生活上の戦いの繊鋭、果敢というようなものと相いれないように考えたりするのも間違いである。信仰というものはそんな狭い、融通のきかないものではない。仏法などは無相の相といって、どんな形にでも変転することができる。墨染の衣にでも、花嫁の振袖にでも、イヴニングドレスにでも、信仰の心を包むことは自由である。草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随意である。そういう形の上に信仰の心があるのではない。モダンが好みならどんな超モダンでもいい、ただその中に包まれた信仰の心がないのがいけないのである。薄っぺらなのである。
 また職業上の自由競争とか、生活上の戦術とかいうようなものも、思う存分やっていい。ただそれに即して直ちに念仏のこころがあればいいのである。浄土真宗の信仰などはそれを主眼とするのである、信仰というものをただ上品な、よそ行きのものと思ってはならない。お寺の中で仏像を拝むことと考えては違う。念仏の心が裏打ちしていれば、自由競争も、戦術も、おのずと相違してくるのである。この外側からはわからない内側の心持の世界というものが、限りない深さと広がりとのあるもので、それが
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