芸術上の心得
倉田百三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)撓《たわ》まず

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一、堅く堅く志を立てること。
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およそ一芸に秀で一能に達するには、何事によらず容易なことではできない。それこそ薪に臥し胆を嘗めるほどの苦心がいるものと覚悟せねばならない。昔から名人の域に達した人が、どれほど苦しんだかということは歴史に伝わっている。芸術は百芸の長である。故にその芸術を一生の仕事としようとする者は、初めに堅く志を立てて如何なる困難に出会っても撓《たわ》まず、その奥義を極めるまでは死すとも止めないほどの覚悟をしなくてはならない。
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一、身体を大切にせねばならない。
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仕事には非常の根気とエネルギーが要る。身体が丈夫ならば丈夫なだけいい。(病身でもそれに打ち克って私の如くやることができるが、丈夫だったらどんなにいいだろうかと思う)芸術上の仕事には種々な経験が豊かなほどいいのだが、身体が弱ければ生活が狭くなる。少なくともかなりな程度の健康を保つことを常に心掛けなくてはならない。それには、一、十一時以後は必ず夜更かしせぬこと。二、寝床のなかで物を考えぬこと。この二つだけ守ればどんなに勉強してもそれほど弱くはならない。これだけは守らねばならぬ。
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一、でき得る限り刻苦勉強すること。
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これはどんな天才にも必要なことである。努力せぬ者は終にはきっと負ける。初め鈍いように見える者が刻苦して大成した人は多いが、初め才能があってそれを恃《たの》んで刻苦しないために駄目になった者も多い。素質のいい才はじけぬ人が絶え間なく刻苦するのが一番いいらしい。アララギ派の元素伊藤左千夫氏は正岡子規の弟子のうち一番鈍才であったが、刻苦のために一番偉くなった。
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一、よく考えて生きること。
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良い芸術は良い生活からしか生まれない。こんなことはいうまでもないことと思う。浅い生活をしていて良い芸術を生むことは不可能である。但しここに良い生活というのは迷いや慎みや、あるいは罪がない生活という意味ではない。そういうものを持ちながらも正しい
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