事についている人間なのだから。自分はこのことについて赦しを乞わずにはいられない。自分は自分がすべての私の欲望を放棄して、すべての精力、すべての時間をことごとく隣人との結縁と奉仕とに捧げているとはいえないからである。自分が負うている十字架もけっして軽いとは思わないが、自分にはなお悪き欲望が残っていることを認めずにはいられないからである。自分は自分が拠ってもって人類に間接に一括めに奉仕せんと欲している芸術のために、面会日を定めたり、手紙を怠ったりしなければならないのではあるが、自分の芸術がはたして人類に対するいかほどの寄与になり能うかということ、およびその製作活動が自分のプライベートな幸福でもあることを考えるときには、それを弁解の具にのみ用いることは気がひけるところもある。自分がもしこれ以上人と会い、手紙を書くならばおそらく自分の芸術はほとんどその出産の能率を欠き、自分の寿命は支えることはできないであろう。しかしながら自分にとって芸術は一つの偏執であるのかもしれない(現に私にそういってくれる、私の尊敬している人もあるのである)。自分にとって芸術は、それだけは何もののためにも放すことのできな
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