正しき願いを寸毫も断念することなく、これを成就せんと欲するならば、自分らはこの「限り」を感じないではいられない。自分は人と人との接触の微妙なる味、心と心との結縁の機微を思うときに、自分が病気とはいいながら、面会日を定め、面会時間を限り、またかりそめにも音信を疎略にするがごときことは、みずからに許すことができないのみならず、自分の人生における幸福な、重要なるものを減殺することとして遺憾に堪えない気がする。人間と人間と触れ合うことは無限の味、幸福、涙である。そのとき人は死を肯《うけが》うことさえ辞さないのである。それを思えば自分は一人の人間をも除さず縁を結びたい気がする。人間にはどんな人にでもその特殊な持ち味がある。その味に触れることはこの人生における最も深い、複雑な享楽である。自分は結縁というものの微妙な味を思う。自分がこれまで触れ合ったさまざまな人々を思うときに、何はともあれ、その人々と結縁したことは感謝したい気がする。相手を祝福する動機によって結縁したいわゆる「順縁」の場合のみならず、相手を呪誼《じゅそ》する動機によって結縁した(たとえば相手と口論したることが動機となって結縁したるが
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