うて、またポッと消えてしまうとはあまりにあっけないではないか。ただそれだけでは私らの形而上学的欲求が許してくれない。快楽主義の奥に何か欲しいではないか。少なくとも巌《いわお》のごとき安心の地盤に立って堂々と快楽が味わいたいではないか。姑息《こそく》な快楽だけで満足できるようだったら、私らは初めから哲学に向かわなかったであろう。享楽主義の文芸家と私らとの分岐点はじつにこのところに存する。彼らよりも私らが人生に対していっそう親切に、忍耐に富み、真摯なりと高言し得るのはじつにこのところに存する。君の性格は享楽主義の誘惑に対してすこぶる危い。人生の真の愛着者たらんとする君ならばそこを一歩勇ましく踏み止まらなくてはならない。君の享楽主義は荒涼たる色調を帯びている。君はいま泣き泣き快楽を追わんとしているのだ。まことに荒《すさ》んでいる。君の吐く息は悽愴《せいそう》の気に充ちている。君の手紙のなかには「ああ私は生に執着する」とあった。しかし私にはこの言葉がいかにももの凄く響いたのである。君の態度は君の手紙のなかにあったごとく、平将門《たいらのまさかど》が比叡山《ひえいざん》から美しい京都の町を眺めて
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