ある一つの矛盾した事象に対したとき、それをどうにもして調和させたいとあせっている心には起こり得ない。皮肉はそれ自身積極的内容を持たない情緒である。怒りよりもなお悪質な情緒である。私は他人が自分を非難したのではあまり腹は立たないが、皮肉な態度を示すと心から腹が立つ。事物の真相を見る鋭い目を持つものが、虚偽と矛盾とに対して皮肉に反応するのは無理からぬ過程ではある。しかしそれは本道ではない。耶蘇はこの世の虚偽と偽善とを知り抜いていた。しかし皮肉に反応しないで、それらを地上から除去する道を本気に工夫した。ショオと耶蘇では深さが違う。聖書や『歎異鈔』のなかには皮肉な調子はどこにも見えない。トルストイやドストエフスキーの作にも皮肉はある。しかしそれは彼らの作の尊い部分ではない。皮肉な目には人生の真景は映らない。人生を見る目はあくまでも濡れ輝かなくてはならない。ことに対人態度に皮肉を出してはいけない。もしそれおのれみずからに対して皮肉になるにいたっては、私は深い深い宗教的な罪だと思う。もし作品のなかに皮肉の要素が混入するときは、あるいは皮肉をその作品の主なる構成要素となすときは(喜劇などの場合)その
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