浄土に摂らるるものと、地獄に堕さるるものとの差異である。私はもしその人がみずから悪人と認めて、それを恥じていさえすれば、いかなる悪人をも責める気にはなれない。現に私はけっして清い人間ではなく(これは謙遜でもいや[#「いや」に傍点]味でもない)絶えず性欲との戦いを意識し、しかも常に不名誉な敗戦をつづけている。私はけっして人間の悪の根の抜きがたきことを知らないものではない。またその悪によってかえって人と人との結びつく呼吸をも解せざるものではない。しかし悪は悪としてどこまでも斥けたい。それをみずからに許したくない。自分を責め、鞭打ちたい。しこうしてその悪の根を抜き取る道を工夫したい。この世でできなければ、あの世でも。
人は私があまりに善悪にこだわり[#「こだわり」に傍点]すぎると思うかもしれない。しかしながら私の祈り求めてやまざる無礙《むげ》自由の白道に出づるためにはそれは欠くべからざる手続きなのである。私はすべてのものを肯定せんとする願いにみちている。すでに造られて存在しているものは、いかなるものといえども、それを否定せずして肯定するのが本道である。造り主に対する造られたるものの義務であ
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