。君が向陵《こうりょう》の人となってから、小一年になるではないか。思えば私らはこの一年間、何を求め得、何を味わい得たのであろう。奥底に燃ゆるがごとき熱誠と、犯すべからざる真面目とを常に手放さなかった私らは、目を皿のごとくにして美わしい尊いものを探し回ったのに、また機敏なる態度を持してかりそめにも遁《のが》すまいと注意したのに、握り得たものは何であろう。味わい得たものは何であろう。私らは顧みて快くほほ笑み、過去一年の追憶を美わしき絵巻物を手繰《たぐ》るがごとく思い浮かべることができるであろうか。この長き月日を冷たい、暗い喧騒な寮に燻《くすぶ》って浮世の花やかさに、憧れたりしわが友よ、僕は君を哀れに思う。かくのごとくして歓楽に※[#「りっしんべん+尚」、第3水準1−84−54]※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45]《しょうけい》する君は歓楽から継子《ままこ》扱いにされねばならなかったのだ。
 かの公園に渦のごとく縺《もつ》るる紅、紫、緑の洋傘の尖端に一本ずつ糸を結び付け、一纏めにして天空に舞い上らしめたらどうであろう。しばしあっけにとられた後はわれに帰るであろう。清く崇き鐘の
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