ネ、かつ公けなものであった。けれども私は裏切られた。そして深い心の傷と癒えざる病とが私に残された。そのとき私は人生の寒冷をしみじみと感じた。そして他人に依嘱した生活の脆《もろ》さと、求むる心のはかなさとを知った。私はもはや他人の愛は求めまい。私自身のなかに独立自全な生活を建てようと企てた。私のこれまでの生活の破産の原因は他人に求めかつ働きかけた点にある。ゆえに私は他人との接触を断って私自身のなかに閉じ籠《こも》らねばならぬと考えた。この心持ちのなかには人間に対する反抗心とミスアンスロフィックな感情が含まれていた。そのとき私を惹きつけたのは中世紀風な、隠遁《いんとん》的情趣であった。淋しい海べの旅館や、沼のほとりの離れ家に、人を避けて静かに、書物を読みほとんど賑《にぎ》やかな人里へは出なかった。私はたまたま街に出ても行き遇う人はみな卑しく、恐ろしく感じられた。「あの品の好い紳士は、あれで心は残酷で、吝《けち》くさいのだろう。あの百姓は単純そうに見えて、本当に嫌にしつこくて貪欲《どんよく》なのだろう。あの娘は美しいけれど、あれでいざとなれば恋人を捨てるんだろう。あの奥様は淑《しと》やかに見
前へ 次へ
全394ページ中274ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング