揩ソになりかねない自分らが、平気で少女に対することができようか。そのときもし私たちが真面目になるならば、自分たちの知恵と徳とが省みられるに相違ない。もっと自分に知恵があり、もっと心が清いならば、この少女の運命を傷つけずに済むであろうと。そして事実として私たちにこの自信のあることはほとんど不可能である。愛したい、けれど深い愛が宿らない。いかにせば愛の実際的効果をあげ得るかの知恵がない。力が足りない。そして他人の運命を傷つけることのいかに畏《おそ》るべきかを知れる謙虚な心には、これはじつに切実な問題である。そしてついに自分たちが人間としてもはや許されてないところのある限りを、まざまざと感ずるであろう。未来のことは自分のあずかり知るところではない。現在においても触れ合う人しか愛することはできない。そして触れ合うところの一人の生命すら、心ゆくまで愛されはしない。「一すじの髪の毛をだに白くし黒くする力」は持たない。私たちは自分の愛するものの不幸を目の前にして、手をこまねいて傍観しているよりほか何ごとも許されない場合に、しばしば遭遇する。そして静かに思えば、これまで幾人の人々と交わっては別れ、別れ
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