る黄河の流れを貪り汲まんとする彼らをして、ローマの街にありという清洌なる噴泉を掬《く》んで渇を潤すことを知らしめねばならない。
 思えば今を距《さ》る二千六百年の昔、「わが」哲学がミレートスの揺籃を出《い》でてから、浮世の嵐は常にこの尊き学問につれなかった。しこうして今日もまたつれないのである。故国を追われて旅の空に眼鏡を磨きつつ思索に耽ったスピノーザの敬虔なる心の尊さ、フィロソフィック・クールネスの床《ゆか》しさ! 僕らはあくまでも尊き哲学者になろうではないか。私はH氏のものものしき惑溺《わくでき》呼《よば》わりに憎悪を抱き、K氏の耽美主義に反感を起こし、M博士の遊びの気分に溜息を洩《も》らす。M博士は私の離れじとばかり握った袂《たもと》を振り切って去っておしまいなすった。私はかの即興詩人時代の情趣|濃《こまや》かなM博士がなつかしい。かのハルトマンの哲学を抱いて帰朝なすった頃の博士が慕わしい。思えば独歩の夭折《ようせつ》は私らにとって大きな損失であった。
 底冷たい秋の日影がぱっと障子に染めたかと思うとじきとまた暗くなる。鋭い、断《き》れ断《ぎ》れな百舌鳥《もず》の声が背戸口で喧《
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