ニにはその道徳は常識的、概念的道徳である。生命最奥の動乱より発するものではない。
次にあなたにいいたきことはあなたの生活はまだ素朴的センチメンタリズムの範囲を出ていないことはあるまいか。自然主義を潜らぬ前の感傷主義ではあるまいか。あなたの人生に対する態度はあまりに感激的である。涙が多すぎる。あなたの物を見るに用いる眼鏡は物象をあまりに美しく輝いて見せすぎる。今少し観照的の眼光を深くして外界をあるがままに見る必要はないか。醜きは醜きように、汚れたるは汚れたるように、如実に受け取る必要はないか。たとえば人を尊敬するにしてもあなたは節度を逸して崇拝し随喜しられるようなことはないか。私らから見ればそれほどまでには思われない人を、ほとんど狂熱的に崇拝せられる。人は各々偉いとする点を異にする。またおまえはよくその人物を知らないからだといわれればそれまでであるけれど、私などにはあなたに観照的な態度が欠けてるからだと思われないでもないのである。涙だってセンチメンタリズムの涙は信用できるものではない。私は幾度無知な、偽りな涙をこぼしたことであろう。まことしやかにみずから気づかずに、自分で自分に甘える涙
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