スであろう。しかし、私にとっては、この短き演説のほとんど全面に懐疑と、不服と失望との種が横たわってるのである。その理由を私は今詳しく書いてあなたの生活を批評しようと思うのであるが、それにしてもあなたの住む世界と私の住む世界となんという大きな隔たりであろう。私はこうして筆を執りつつも、私の心持ちがあなたに理解してもらえるかどうかを心もとなく感ずるのである。
 Y君、あなたは心の目をもっと深く、鋭く、裸にして人生を眺める必要はありはせぬか。常識を捨てたまえ[#「常識を捨てたまえ」に傍点]! この語をあなたの耳朶《じだ》に早鐘のごとく響かせたい。これが私のあなたに与え得る最高最急の親切である。常識はあなた自身の知識ではない。あなたの本性に内化せられたる知識ではない。それはじつにあなたの所有物ではない。社会と歴史との所有物である。常識で導いてゆく生活は自分自身の生活ではない。独立自由の生活ではない。生活の主体は社会と歴史であって自己はただその傀儡《かいらい》にすぎない。常識の効果はただこれに則って生活すれば共同生活において安全に生命を維持することができるということに存する。安らかに生命を保つ。
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